弾性ストッキングは脳卒中後の血栓予防に効かない?——日米のガイドラインとCLOTS試験を理学療法士が読み解く

はじめに
脳卒中で入院した患者さんの脚に、白い弾性ストッキング。
病院では、ほぼ全員の方が着けているのが当たり前の光景でした。
2026年に出た米国心臓協会・脳卒中協会(AHA/ASA)の成人脳卒中リハビリテーションガイドラインで、この弾性ストッキングが、脳卒中後の静脈血栓の予防について「有害」に分類されました。
このことをSNSに書いたところ、6,000回近く読まれ、「うちの病院では今日も着けています」「アメリカの病院では、ほぼ全員が空気圧迫の機械です」など、たくさんの現場の声が集まりました。
調べていくと、日本のガイドラインでも、2021年の時点ですでに「行うべきではない」とされていたことがわかりました。
この記事では、日米のガイドラインと、その根拠になった試験を整理します。
⚠️ いま弾性ストッキングを着けている方へ
この記事は、脳卒中後の「静脈血栓の予防」という目的についての内容です。むくみや起立性低血圧など、ほかの理由で使っている場合もあります。自己判断でやめずに、必ず主治医に相談してください。
1. 2026年米国ガイドラインの推奨
結論:静脈血栓の予防に勧められるのは間欠的空気圧迫法。弾性ストッキングは「有害」。
2026 AHA/ASA 成人脳卒中リハビリテーション・回復ガイドラインの「静脈血栓塞栓症の予防」の推奨は、次のとおりです。
| 推奨の強さ | エビデンス | 内容 |
|---|---|---|
| 1(強い推奨) | B-R | 急性期で中等度〜重度の移動制限がある人に、間欠的空気圧迫法 |
| 3:有害 | B-R | 脳卒中の人に、弾性ストッキングは静脈血栓の予防に有効でない |
| 2b | A | 急性期脳梗塞で動けない入院患者への予防量のヘパリン:出血のリスクを考えると利益は不明確 |
| 2b | B-R | 低分子ヘパリンが未分画ヘパリンより優れるかは不確か |
| 2b | B-R | 急性期脳出血での予防量のヘパリン:利益は不明確 |
ここでいう「移動制限」は、介助なしではトイレまで歩けない状態を目安にしています。
「有害」は、ガイドラインの中でいちばん強い「行わないように」という分類です。単に「効果がない(利益なし)」よりも一段強く、効果がないうえに、害が上回るという意味です。
2. 日本の脳卒中治療ガイドライン2021では
結論:日本でも2021年から「行うべきではない(推奨度E)」。
日本の脳卒中治療ガイドライン2021では、深部静脈血栓症について次のように整理されています。
| 推奨文 | 推奨度 | エビデンスレベル |
|---|---|---|
| 体動困難な急性期脳卒中患者に、間欠的空気圧迫法を勧める | A | 中 |
| 深部静脈血栓症予防のために早期離床を勧める | A | 低 |
| 早期離床が困難な患者に、理学療法(下肢の挙上、マッサージ、自動的・他動的な足関節運動)を勧める | A | 低 |
| 段階的弾性ストッキングは深部静脈血栓症の予防効果はなく、行うべきではない | E | 中 |
2015年版では「科学的根拠がないので勧められない(グレードC2)」でしたが、2021年版で「推奨度E(有害、行うべきではない)」に変わり、有害性が明記されました。
もう一つ大事なのが、理学療法が推奨度Aで明記されていることです。早期離床や足関節の運動は、私たちリハ職が日々行っていることそのものです。
つまり、日本でも米国でも、方向性は同じです。
弾性ストッキングではなく、間欠的空気圧迫法。
そして日本のガイドラインでは、そこに動くこと(早期離床と理学療法)が加わります。
3. 根拠になったCLOTS試験
日米のガイドラインの根拠になっているのが、英国などで行われた大規模なランダム化比較試験「CLOTS(Clots in Legs Or sTockings after Stroke)」です。
CLOTS 1(2009年):弾性ストッキングに効果はあったか
- 対象:発症1週以内に入院した、動けない脳卒中患者 2,518人(64施設)
- 比較:通常のケア+大腿までの弾性ストッキング / 通常のケア+ストッキングなし
- 結果:膝窩・大腿静脈の血栓:10.0% と 10.5%(差はわずか0.5%で、有意差なし)
- 皮膚の傷・潰瘍・水疱・壊死:5% と 1%(オッズ比4.18=約4倍)
血栓は減らず、皮膚のトラブルだけが増えた、という結果でした。
CLOTS 1・2の6か月後(2013年)
- 6か月の死亡:ストッキング群でわずかに多い傾向(ハザード比 1.087 と 1.037、有意差なし)
- 静脈血栓・障害の程度・生活の質:差なし
長い目で見ても、ストッキングによる利益は見られませんでした。
CLOTS 2(2010年):膝下なら?
- 対象:動けない急性期脳卒中患者 3,114人
- 比較:大腿まで / 膝下
- 結果:血栓は 6.3% と 8.8% で、膝下のほうが多かった
注意したいのは、これは「大腿まで」と「膝下」を比べた試験で、「着けない」との比較ではないことです。
ただ少なくとも、「膝下なら予防になる」という根拠はありません。
CLOTS 3(2013年):間欠的空気圧迫法は?
- 対象:介助なしではトイレまで歩けない急性期脳卒中患者 2,876人
- 比較:間欠的空気圧迫法 あり / なし
- 結果:近位の血栓:8.5% と 12.1%(絶対差3.6%、減った)
- 脚の皮膚の傷:3% と 1%
- けがを伴う転倒:2% と 2%(差なし)
空気圧迫は、血栓を減らす効果が示された方法です。これが、日米のガイドラインで推奨されている理由です。
4. 「弾性ストッキングは全部ダメ」ではない
SNSでは、「全部が有害ということ?」という質問もいただきました。
ここは目的・対象・長さの3つで整理できます。
① 目的:静脈血栓の予防について
ガイドラインが「有害」としているのは、脳卒中後の静脈血栓の予防という目的です。
起立性低血圧やむくみの対策など、ほかの目的での使用は、この推奨の対象外です。
② 対象:動けない脳卒中の方
根拠のCLOTS試験は、発症早期で動けない脳卒中の方が対象でした。
③ 長さ:膝下なら良い、ではない
試験で効果がなかったのは大腿までのストッキングです。膝下は、大腿までよりも血栓が多いという結果でした。
これは「弾性ストッキングという道具が悪い」のではなく、「脳卒中後の血栓予防として、当たり前に全員に着ける」ことを見直そうという話です。
5. リハ職にできること
間欠的空気圧迫法の注意点を知っておく
米国のガイドラインでは、空気圧迫法について次の注意が書かれています。
- 脚に開放創がある人には使わない
- 既に深部静脈血栓がある人、心不全、重い末梢血管疾患がある人には慎重に
- 認知機能の低下があり、着けたまま動こうとして転倒しうる人にも注意
リハの時間に装置を外す・着け直すときは、皮膚の状態もあわせて確認しておきたいところです。
動くことを支える
日本のガイドラインでは、早期離床と、早期離床が難しい人への下肢の挙上や足関節の運動が、推奨度Aで勧められています。
ベッドサイドでの足関節の運動や、離床を進めることは、リハ職の得意分野です。
観察を続ける
麻痺側の脚のむくみ・熱感・赤み・痛みは、深部静脈血栓を疑うサインです。気づいたら、リハを始める前に医師・看護師へ報告します。
根拠をチームで共有する
弾性ストッキングを着けるかどうかを決めるのは、主治医や病院の方針です。
リハ職がひとりで変えられることではありません。だからこそ、今回のような根拠を、チームの中で共有するところから始めたいと思います。
ほーりーの臨床メモ
【当たり前だった光景】
病院では、脳卒中で入院した方のほぼ全員が弾性ストッキングを着けていました。
私も履かせるのを手伝っていましたし、脱いだ後の皮膚の状態は、いつも看護師に報告していました。
どうしても夏場は汗ばみます。毎日洗えない方や、交換の替えが少ない方は、不衛生になりやすい。
CLOTS試験で皮膚のトラブルが約4倍に増えたという結果は、現場の実感とも重なりました。
【ガイドラインを見て】
ガイドラインを見たとき、当院での関わりを見直すべきだと思いました。
ただ、正直なところ、なかなかすぐに動き出せずにいました。
【これから】
当たり前だと思っていることほど、根拠を確かめ直す。
決めるのは主治医とチームです。だからこそ、まずは今回のような根拠をチームで共有するところから、一歩を踏み出したいと思います。
ガイドラインは、現場を責めるためのものではなく、目の前の患者さんにとって良い選択をするための地図です。
よくある質問
Q1. いま弾性ストッキングを着けています。脱いだほうがいいですか?
A. 自己判断でやめないでください。むくみや起立性低血圧など、ほかの理由で使われている場合もあります。気になるときは、主治医や看護師に相談してください。
Q2. 膝下のストッキングなら大丈夫ですか?
A. CLOTS 2試験では、膝下は大腿までよりも血栓が多いという結果でした。膝下なら予防になるという根拠はありません。
Q3. では、血栓の予防には何がいいのですか?
A. 日米のガイドラインとも、動けない時期の間欠的空気圧迫法を勧めています。日本のガイドラインでは、早期離床と、早期離床が難しい人への下肢の挙上や足関節の運動も勧められています。薬(ヘパリンなど)を使うかどうかは、出血のリスクも考えて医師が判断します。
Q4. 弾性ストッキングは、ほかの病気でも使わないほうがいいのですか?
A. いいえ。今回の推奨は「脳卒中後の静脈血栓の予防」についてです。手術後や、ほかの病気・目的での使用は、それぞれの状況で判断されます。
まとめ
- 2026年米国AHA/ASAガイドラインで、弾性ストッキングは脳卒中後の静脈血栓予防に「有害」
- 日本の脳卒中治療ガイドライン2021でも、すでに「行うべきではない(推奨度E)」
- 根拠のCLOTS 1では、血栓は減らず(10.0%と10.5%)、皮膚のトラブルは約4倍(5%と1%)
- 代わりに勧められるのは、間欠的空気圧迫法と早期離床、早期離床が難しい人への下肢の挙上や足関節の運動
- 「全部ダメ」ではなく、脳卒中後の血栓予防として当たり前に着けることを見直そう、という話
- いま着けている方は、自己判断でやめずに主治医へ相談を
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免責事項
本記事は理学療法士による教育・情報提供を目的として執筆されています。個々の患者さんへの具体的な医療行為や訓練内容については、担当医師・理学療法士の指導のもとで判断・実施してください。本記事の内容を参考に生じたいかなる結果についても、筆者および当ブログは責任を負いません。
参考文献
- Richards LG, Ifejika NL, Stein J, et al. 2026 Guideline for Adult Stroke Rehabilitation and Recovery: A Guideline From the American Heart Association and American Stroke Association. Stroke. 2026. doi:10.1161/STR.0000000000000536
- 日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会 編. 脳卒中治療ガイドライン2021. 協和企画; 2021.
- 松野悟之. 脳卒中治療ガイドライン2021におけるリハビリテーション領域の動向. 理学療法科学. 2022;37(1):129-141.
- CLOTS Trials Collaboration; Dennis M, Sandercock PA, Reid J, et al. Effectiveness of thigh-length graduated compression stockings to reduce the risk of deep vein thrombosis after stroke (CLOTS trial 1): a multicentre, randomised controlled trial. Lancet. 2009;373(9679):1958-1965.
- CLOTS (Clots in Legs Or sTockings after Stroke) Trial Collaboration. Thigh-length versus below-knee stockings for deep venous thrombosis prophylaxis after stroke: a randomized trial. Ann Intern Med. 2010;153(9):553-562.
- Dennis M, Sandercock P, Reid J, et al. The effect of graduated compression stockings on long-term outcomes after stroke: the CLOTS trials 1 and 2. Stroke. 2013;44(4):1075-1079.
- CLOTS (Clots in Legs Or sTockings after Stroke) Trials Collaboration; Dennis M, Sandercock P, Reid J, et al. Effectiveness of intermittent pneumatic compression in reduction of risk of deep vein thrombosis in patients who have had a stroke (CLOTS 3): a multicentre randomised controlled trial. Lancet. 2013;382(9891):516-524.
















