半側空間無視とは?【種類・評価・PTとしての関わり方を新人セラピストが知っておくべきこと】

脳卒中のリハビリ現場で、「車椅子で壁にぶつかるのに本人は気づかない」「食事の左半分を残す」「左側から声をかけても気づかない」という場面に出会ったことはないでしょうか。これらは半側空間無視(Unilateral Spatial Neglect:USN)の典型的な症状です。
半側空間無視は脳卒中後に高頻度で生じる高次脳機能障害のひとつで、歩行・移乗・ADLあらゆる場面に影響を与えます。「見えていないわけではない」のに空間の半分を無視してしまうという特異な障害であり、新人PTにとって「どう評価して、どう関わればいいかわからない」と感じやすいテーマでもあります。
この記事では、半側空間無視の定義・種類・評価ツール・PTとしての実践的な関わり方まで、総合的に解説します。
1. 半側空間無視とは何か
定義
半側空間無視(USN)とは、脳損傷によって、損傷半球と反対側の空間に存在する刺激に対して気づいたり、反応したり、向き合ったりすることが困難になる状態です。
視覚・聴覚・触覚など複数の感覚モダリティで生じますが、最も頻度が高く臨床的に問題となるのは視覚性の無視です。「見えていない(視野欠損)」とは異なり、視野は保たれているにもかかわらず注意が向かないという点が重要です。眼鏡で見え方を補正しても無視は改善しない——これが視野欠損との本質的な違いです。
頻度と損傷部位
脳卒中後の半側空間無視の頻度は、急性期では約30〜40%とされており(Ringman et al., 2004)、非常に多い症状です。
最も多いのは右半球損傷による左半側空間無視です。右頭頂葉・右前頭葉・右視床・右基底核などの損傷で生じます。右半球は「空間全体への注意」を担い、左半球は「右空間への注意」のみを担うという非対称な機能分担があるため、右半球損傷のほうが左半球損傷よりも重篤な無視が生じやすいとされています。
USNと視野欠損の違い
臨床でよく混同されるのが、USNと同名半盲(視野の片側が見えない状態)です。
| 半側空間無視 | 同名半盲 | |
|---|---|---|
| 原因 | 注意機能の障害 | 視覚路の障害 |
| 自覚 | 乏しいことが多い | 補償行動を学習できることが多い |
| 眼球運動 | 障害側への自発的眼球運動が減少 | 病的眼球運動は生じにくい |
| 頭部・体幹の向き | 健側(右)に傾く傾向 | 特定のパターンなし |
両者が合併することもあるため、評価での鑑別が重要です。
2. 半側空間無視の種類
半側空間無視はひとつの均一な障害ではなく、いくつかの軸に沿って分類されます。これを理解することで、患者さんの症状をより正確に捉えられるようになります。
空間的広がりによる分類
個人空間の無視(Personal neglect):自分の身体の左半身への注意が低下する。左側の髭を剃り残す、左腕の袖を通し忘れるなどが典型例。
近位空間の無視(Peripersonal neglect):手の届く範囲(机の上・食事トレイなど)の左半分への注意が低下する。食事の左半分を食べ残す、書字が右半分に偏るなどが典型例。
遠位空間の無視(Extrapersonal neglect):手の届かない遠方の空間(部屋の左側の壁・廊下の左側)への注意が低下する。歩行中に左側の障害物に気づかず衝突するなどが典型例。
表象性無視(Representational neglect):実際の空間だけでなく、心の中で思い浮かべたイメージ(表象)の左半分が無視される。「有名な広場を思い浮かべてその情景を描写してください」と言うと、右側の情報しか述べられない。
入力・出力による分類
感覚性無視(入力側):左側からの感覚刺激(視覚・触覚・聴覚)への気づきが低下する。
運動性無視(出力側):左上肢・左下肢を自発的に動かそうとしない。麻痺があるわけではなく、動かそうとする意図が起きにくい状態。
臨床ではこれらが混在していることが多く、評価によってどの側面が強いかを把握することが介入の方向性を決める鍵になります。
3. 半側空間無視の評価
BIT(Behavioural Inattention Test)
BIT(行動的不注意検査)は、半側空間無視の標準的な評価バッテリーとして国際的に広く用いられています。日本語版も臨床で使用されています。
通常検査(6項目):線分末梢試験・文字末梢試験・星印末梢試験・線分二等分試験・模写試験・描画試験で構成されます。各課題は紙と鉛筆で実施し、左側の刺激を見落とす量と分布を定量的に評価します。
行動検査(9項目):写真の絵を見て描写する・電話の番号を押す・時計を読むなど、より日常生活に近い課題で構成されます。
BITの通常検査スコアが129点以下(満点196点)で半側空間無視の存在が示唆されます。
CBS(Catherine Bergego Scale)
CBS(キャサリン・ベルゴ・スケール)は、ADL場面での半側空間無視の影響を直接観察して評価するスケールです。10項目(整容・食事・移動・歩行など)を0〜3点の4段階で採点し、合計0〜30点で評価します。
BITなどの紙面検査では「できる」のに実際のADLでは「できない」という解離が半側空間無視では起きやすく、CBSはその乖離を検出する点で特に有用です。
また、セラピストが採点するだけでなく、患者本人の自己評価と照合することで、病態失認(自分の障害に気づいていない状態)の程度も把握できます。病態失認が強いほど、安全管理と家族・介護者への教育が重要になります。
簡便な検査
限られた時間でスクリーニングを行う際は、以下の検査が有用です。
線分二等分試験(Line Bisection Test):横線の中点を示してもらう検査。USNがある場合、中点が右(健側)に偏ります。実施が容易で2〜3分で完了します。
抹消試験(Cancellation Test):紙面に散らばったターゲット(線分・文字・星など)をすべて抹消する課題。左側の見落とし数と分布を評価します。
時計描画試験(Clock Drawing Test):時計の文字盤を描かせる。数字が右側に偏る・左半分が空白になるなどのパターンで無視の存在を推測できます。
4. PTとしての関わり方:介入アプローチ
トップダウンアプローチ(代償戦略)
患者さん自身が意識的に無視側へ注意を向けるよう学習する方法です。「左を見る」「左から右へ視線を走らせる」などの代償戦略を訓練します。
有効な場面:認知機能が比較的保たれており、病態失認が軽度な患者さん。
注意点:意識的な注意が必要なため、二重課題(歩行しながら左を意識する)では破綻しやすい。訓練中は良くても実際の生活場面での汎化が難しいことがある。
プリズム適応療法(Prism Adaptation Therapy)
右側にずれたプリズム眼鏡をかけた状態でリーチング動作(目標物を指さす課題)を繰り返す方法です。右にずれた視野での誤差を修正する神経適応が、左への注意の偏りを修正する効果をもたらすとされています。
研究では、プリズム適応療法が半側空間無視の複数の側面(近位・遠位空間、姿勢など)に効果をもたらすことが示されており(Rossetti et al., 1998; Mizuno et al., 2011)、エビデンスが比較的蓄積されているアプローチです。
実施のポイント:専用のプリズム眼鏡(光学プリズム15〜20プリズム屈折度)を使用。1回の訓練は15〜20分程度。効果は訓練後も一定時間持続(after-effect)するため、訓練直後にADLを行うと汎化が期待できます。
環境調整
- ベッドの向き:無視側(左)から声をかけやすい環境に配置する(完全に左だけにすると刺激自体が届かなくなるため、正面〜やや左から関わる)
- 車椅子のフットレスト:無視側の足が落ちないよう視覚的なサインを付ける
- 食事トレイの配置:無視側の食器を少し健側に近づけておく
- 病棟での導線:壁や角など衝突リスクのある場所へのカラーテープや目印
歩行・移乗での実践ポイント
歩行中の無視への対応
- 廊下の左壁にカラーテープを貼る、またはセラピストが左側に立つことで視覚的な手がかりを提供する
- 「左の壁を見ながら歩く」など課題を設定する
- 障害物を避ける課題で、どこで無視が起きるか観察する
移乗動作
- ベッドから車椅子への移乗で、車椅子が無視側(左)にある場合、患者さんが気づかずに座ろうとして転倒するリスクがある
- 移乗の方向を工夫する(健側方向への移乗を基本とするか、無視側への訓練を段階的に行うか)
姿勢の偏り
- 半側空間無視の患者さんは、体幹が健側(右)に傾く傾向がある(プッシャー現象とは逆方向)
- 座位・立位での体幹正中位の確保がADLの前提となる
5. チームアプローチとADLへの影響
日常生活への具体的な影響
| ADL場面 | 無視による影響の例 |
|---|---|
| 食事 | 左半分の食器・食べ物を残す |
| 整容 | 左側の髭・化粧を見落とす |
| 更衣 | 左袖を通し忘れる |
| 歩行 | 左側の障害物に気づかず衝突 |
| 車椅子操作 | 左壁・ドア枠にぶつかる |
| 読書・書字 | 行の左端を見落とす・右に偏って書く |
チームでの情報共有
看護師・介護士との連携:ケア場面(更衣・食事・車椅子移乗)での無視の状況を共有し、対応方法を統一する。「正面から関わる」「左側に目印を置く」など、ケアスタッフが実践できる簡単な工夫を伝える。
OTとの連携:OTはADLの直接訓練(食事・更衣)を担当することが多いため、PT訓練中に観察した無視の特性(どの場面・どの距離で無視が強いか)を共有することで、OTの介入に役立てる。
家族への教育:「左側から近づかない(完全無視にならないよう、正面〜やや左から関わることが基本)」「急かさない」「危険な場面では声かけでサポート」といったポイントを家族に伝える。
予後と回復
半側空間無視の自然回復は、発症後数週間で著しく改善する例がある一方、長期化するケースも少なくありません。特に病態失認(anosognosia)が強い場合は自己管理が困難になるため、転倒・事故リスクが高く、退院後の生活環境整備と家族支援が特に重要です(Gillen et al., 2005)。
まとめ
半側空間無視は、脳卒中後の高次脳機能障害の中でも、日常生活への影響が大きく、新人PTが確実に理解しておくべき症状です。
- 定義:損傷半球と反対側の空間への注意が低下する。視野欠損とは異なる
- 種類:個人空間・近位空間・遠位空間・表象性無視に分かれる。感覚性・運動性の側面もある
- 評価:BIT(定量的評価)・CBS(ADL場面での評価)・線分二等分試験(スクリーニング)
- 介入:トップダウンアプローチ・プリズム適応療法・環境調整をその人に合わせて組み合わせる
- チームアプローチ:看護師・OT・STと情報共有し、生活全体での無視マネジメントを統一する
「見えているのに気づかない」という半側空間無視の本質を理解したうえで、患者さんが安全に・自信をもって生活できる環境をチームで作ることが、PTとしての大切な役割のひとつです。
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<免責事項>本記事は半側空間無視に関する一般的な情報提供を目的としており、特定の患者さんへの医療アドバイスを意図するものではありません。実際のリハビリ計画は、担当医・リハビリチームと連携のうえ、個々の患者さんの状態に応じて判断してください。
参考文献
- Ringman JM, Saver JL, Woolson RF, Clarke WR, Adams HP. Frequency, risk factors, anatomy, and course of unilateral neglect in an acute stroke cohort. Neurology. 2004;63(3):468-474. doi:10.1212/01.wnl.0000133011.10689.ce
- Rossetti Y, Rode G, Pisella L, et al. Prism adaptation to a rightward optical deviation rehabilitates left hemispatial neglect. Nature. 1998;395(6698):166-169. doi:10.1038/25988
- Mizuno K, Tsuji T, Takebayashi T, Fujiwara T, Hase K, Liu M. Prism adaptation therapy enhances rehabilitation of stroke patients with unilateral spatial neglect: a randomized, controlled trial. Neurorehabil Neural Repair. 2011;25(8):711-720. doi:10.1177/1545968311407516
- Gillen R, Tennen H, McKee T. Unilateral spatial neglect: relation to rehabilitation outcomes in patients with right hemisphere stroke. Arch Phys Med Rehabil. 2005;86(4):763-767. doi:10.1016/j.apmr.2004.10.029
- Wilson B, Cockburn J, Halligan PW. Behavioural Inattention Test. Thames Valley Test Company; 1987.
- Azouvi P, Marchal F, Samuel C, et al. Functional consequences and awareness of unilateral neglect: study of an evaluation scale. Neuropsychological Rehabilitation. 1996;6(2):133-150. doi:10.1080/713755501
















