はじめに

「退院してからのほうが、転倒が心配で目が難せない」

そんなふうにおっしゃるご家族は、とても多くいらっしゃいます。病院のリハビリは順調だったのに、自宅に戻ったとたんに転倒してしまった——というケースは、残念ながら珍しくありません。

脳卒中後の方にとって、転倒は骨折や再入院につながるだけでなく、活動意欲の低下や「また転んだら怖い」という不安感(転倒恐怖感)を生み、リハビリの足を引っ張ることもあります。

この記事では、理学療法士(PT)として13年間、脳卒中患者さんのリハビリに携わってきた経験をもとに、自宅でとくに転倒が起きやすい場所と、ご家族が今日から始められる具体的な対策をご紹介します。


なぜ脳卒中後は転倒しやすいのか?

転倒の原因を「本人の不注意」と考えてしまいがちですが、それは正確ではありません。脳卒中後には、身体や脳の機能にさまざまな変化が起きており、それが転倒リスクを高めています。

  • 片麻痺(かたまひ):片側の手足が動かしにくくなるため、体のバランスが崩れやすくなります。
  • 感覚障害:足の裏の感覚が鈍くなり、地面の状態を感じ取りにくくなります。
  • 注意障害・半側空間無視:麻痺側への注意が向きにくくなり、障害物に気づかないことがあります。
  • 起立性低血圧:立ち上がり時に血圧が急に下がり、ふらつきやめまいが起こることがあります。
  • 薬の影響:降圧薬・睡眠薬・抗不安薬などは、ふらつきやめまいの副作用を伴うことがあります。

こうした変化は本人が自覚しにくいことも多く、「大丈夫」と思っているうちに転倒してしまうのが怖いところです。


転倒しやすい場所 TOP5


🥇 第1位:浴室・脱衣所

自宅での転倒事故のなかで、浴室は特に多く報告されている場所です。床が濡れてすべりやすいことに加え、「浴槽をまたぐ」という動作が、片麻痺の方には非常に難しいのです。また、裸で行う動作であるため、転倒した際の外傷も重くなりやすい場所です。


🥈 第2位:玄関・段差

屋内と屋外をつなぐ玄関は、段差・靴の脱ぎ履き・扉の開閉など、複数の動作が同時に発生します。とくに短下肢装具を使用している方は、装具のかかと部分が玄関の段差や框(かまち)に引っかかりやすいです。


🥉 第3位:廊下・夜間のトイレ移動

夜中にトイレへ行くための廊下での転倒は、臨床でも非常によく耳にします。起床直後は体が覚醒しきっておらず、バランス機能が低下しています。「夜のトイレはひとりで大丈夫」と思っている患者さんほど注意が必要です。


4位:椅子・ベッドからの立ち上がり時

立ち上がりの瞬間は起立性低血圧によるふらつきが生じやすいタイミングです。「ゆっくり立つ」「少し端に腰かけてから立つ」手順が大切です。


5位:トイレ

便座が低いと深く沈み込んでしまい、立ち上がりに大きな力が必要です。手すりの有無が安全性を左右します。


場所別・具体的な対策とグッズ紹介

浴室・脱衣所

対策ポイント
縦・横手すりの設置浴槽横と洗い場の出入口に設置
すべり止めマット浴槽内・洗い場に敷く。吸盤付きタイプが安定
シャワーチェアの使用座ったまま入浴でき、立位バランスリスクを大幅に軽減
バスボードの活用またぎ動作なしで浴槽に入れる福祉用具

💡 PTからのコメント:浴槽への出入りは、退院前に担当PTに自宅の浴室の写真を見せて相談するのがおすすめです。

玄関・段差

対策ポイント
縦型手すりの設置靴の脱ぎ履き・段差昇降時の支え
段差解消スロープ框の段差をなだらかに
玄関用スツール座って靴を履ける環境に
すべり止めシート框の縁に貼り引っかかりを予防

廊下・夜間

対策ポイント
足元センサーライト人感センサー型が便利
廊下手すりの設置壁への固定工事は住宅改修の対象
つまずき原因の除去コード・マット・カーペットの端を整理

椅子・ベッドまわり

対策ポイント
ベッド用手すり・グリップ立ち上がりの支え。レンタル品で対応できるケースが多い
座面の高さ調整膝関節90度が目安。クッションで補正も可
ゆっくり起き上がる習慣化寝た→横向き→端座位→立つの手順を身につける

トイレ

対策ポイント
補高便座便座の上に取り付けるだけで高さ調整
トイレ用手すり立ち上がり・方向転換に使えるL字型手すり
ドアを引き戸に変更転倒時の開閉障害を防ぐ(住宅改修対象)

介護保険で住宅改修費の補助が受けられます

要介護・要支援の認定を受けている方は、介護保険の住宅改修費支給制度を利用することで、改修費用の補助を受けられます。

  • 支給上限:20万円まで(自己負担:1〜3割)
  • 対象:手すり・段差解消・床材変更・扉変更・洋式便器への交換
  • 申請先:市区町村の介護保険担当窓口またはケアマネジャー経由

⚠️ 注意:この制度は工事前の事前申請が必要です。退院前後のタイミングで担当ケアマネジャーやMSWに早めに相談を。


転倒対策で大切な「考え方」

転倒を恐れるあまり、「危ないから何もさせない」という対応は、かえって患者さんの回復を妨げることがあります。動かないでいると筋力が落ち、バランスがさらに悪くなり、転倒リスクが高まる悪循環が生じます(廃用症候群といいます)。「転ばせない」ではなく、「転んでも大きなけがにならないような環境を整え、安心して動ける場所を作ること」が大切です。担当の理学療法士や作業療法士に、自宅環境についての相談を遠慮なくしてみてください。


まとめ

  • 脳卒中後の転倒は「不注意」ではなく、片麻痺・感覚障害・注意障害などによる機能変化が原因
  • 転倒しやすい場所は「浴室・玄関・廊下・椅子・トイレ」に集中
  • 手すり・すべり止め・夜間照明・段差解消など、環境整備が最も効果的な対策
  • 介護保険の住宅改修支給制度(上限20万円)を活用できる(工事前の事前申請が必要)
  • 「何もさせない」より「安全に動ける環境を整える」発想が、本人の自立と回復を支える

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免責事項

本記事の内容は、筆者個人の経験・知識および参考文献に基づく情報提供を目的としており、個別の医療・介護アドバイスではありません。転倒リスクの評価や住宅改修の判断については、担当の理学療法士・作業療法士・主治医・ケアマネジャーなど専門家に必ずご相談ください。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いかねます。


参考文献

  1. 日本脳卒中学会. 脳卒中治療ガイドライン2021. 協和企画, 2021.
  2. 厚生労働省. 介護保険における住宅改修について. 2026年4月閲覧.
  3. Mackintosh SF, et al. Incidents of falls and near-falls in community-dwelling chronic stroke survivors. Disabil Rehabil. 2005;27(18):1055-1059.
  4. Weerdesteyn V, et al. Falls in individuals with stroke. J Rehabil Res Dev. 2008;45(8):1195-1213.
  5. 国立長寿医療研究センター. 転倒予防のための生活環境整備. 2023.
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ほーりー
病院で10年以上勤務。認定理学療法士(脳卒中)取得。病院では新人や若手セラピストの教育や指導を担当しています。