この記事でわかること

  • 脳卒中後の歩行が難しくなる仕組み(運動麻痺・バランス・感覚障害)がわかる
  • 神経可塑性が「歩く練習を続ければ脳は変わり続ける」根拠であることが理解できる
  • 歩かないと起きる悪循環(廃用・骨密度低下・心肺機能低下・うつ)が押さえられる
  • 効果的な歩行練習の3条件(強度・反復・課題特異性)がわかる
  • 家族として日常でできる安全なサポート方法と転倒予防が整理できる

はじめに

「退院してから、どれくらい歩かせればいいのでしょうか?」

「転んでしまったら怖くて、あまり歩かせていません」

脳卒中を経験された方のご家族から、こうした声をよくお聞きします。転倒が心配で歩かせることをためらってしまう気持ちは、とても自然なことです。

しかし、脳卒中後のリハビリにおいて「歩くこと」を続けるかどうかは、回復の大きな分かれ目になります。この記事では、なぜ歩行練習を継続することが大切なのか、そして家族として何ができるかを、できるだけわかりやすくお伝えします。


脳卒中後の歩行はなぜ難しくなるのか

脳卒中(脳梗塞・脳出血など)では、脳の一部の細胞がダメージを受けることで、その部位が担っていた機能に障害が生じます。歩くという動作には、脳のさまざまな部分が連携して働いているため、脳卒中後には「足が思うように動かない」「バランスが取りにくい」「足が硬くなって曲がりにくい」といった問題が起きやすくなります。

こうした状態を片麻痺(かたまひ)と呼びます。片麻痺は、体の左右どちらか一方に運動や感覚の障害が出る症状で、脳卒中の代表的な後遺症のひとつです。

脳は練習によって変わる——神経可塑性とは

「脳は一度傷つくと元に戻らない」と思っている方も多いかもしれません。しかし、近年の研究によって、脳には神経可塑性(しんけいかそせい)というはたらきがあることがわかっています。

神経可塑性とは、脳が経験や練習に応じて、神経のつながり方を変えていく能力のことです。脳卒中でダメージを受けた部分の周囲や、反対側の脳が、失われた機能を少しずつ補っていくことができます。

ただし、このはたらきには大切な条件があります。それは、繰り返し使うことです。

歩くという動作を何度も繰り返すことで、「歩く」ための神経回路が少しずつ再構築されていきます。逆に、歩く機会が少なくなると、脳はその機能をどんどん使わなくなり、回復が遅れてしまいます。

歩行練習を続けることは、脳に「歩き方」を再び覚えさせていくプロセスです。

歩かないと何が起きるのか

転倒が怖いからと歩く機会を減らしてしまうと、体にはいくつかの影響が出てきます。

筋力・体力の低下

使わない筋肉は短期間で弱くなります。特に高齢の方では、1〜2週間の安静だけでも筋力が大きく落ちることがあります(廃用症候群・はいようしょうこうぐん)。

関節の硬さ(拘縮)が進む

動かさない関節は徐々に硬くなっていきます(これを拘縮・こうしゅくと呼びます)。足首や膝の拘縮が進むと、かえって歩きにくくなり、転倒リスクが高まってしまいます。

脳への刺激が減り、回復の機会を逃す

神経可塑性は「使うこと」で促されます。歩く機会が減ると、脳に与えられる刺激も減り、回復のスピードが落ちることがあります。

気持ちが落ち込みやすくなる

自分で動けないことへの焦りや、外出できないことによる孤立感は、脳卒中後のうつ(抑うつ)につながりやすく、リハビリへの意欲も下がってしまいます。

どんな歩行練習が効果的なのか

「歩けばなんでもいい」というわけではなく、いくつかのポイントを意識すると効果が高まります。

① 毎日少しずつ、続けることが大切

1回にたくさん歩くよりも、毎日少しずつ継続することの方が、脳への刺激という意味では効果的です。10〜15分の歩行を1日2〜3回に分けて行うだけでも、十分な練習になります。

② 「ただ歩く」だけでなく、意識して歩く

ダラダラと歩くよりも、「足をちゃんと上げよう」「かかとから着こうとしよう」といった意識を持ちながら歩く方が、脳への刺激が大きくなります。担当の理学療法士(PT)から指示されたポイントがあれば、日常の歩行でも意識して取り組んでもらいましょう。

③ 環境を整えて、安全に歩く

転倒を「ゼロにしよう」とするあまり、過剰に介助しすぎると、本人が自分の足で歩く練習にならなくなってしまいます。転倒リスクを下げながら、できるだけ本人の力で歩いてもらう環境づくりが大切です。

  • 室内の段差をなくす・滑り止めマットを敷く
  • 廊下や手洗い場に手すりをつける
  • 足元が見えやすい照明を確保する
  • 履き慣れた滑りにくい靴を使う

④ 装具(そうぐ)を適切に使う

脳卒中後の片麻痺では、短下肢装具(たんかしそうぐ)と呼ばれる足首を支えるための器具をつけて歩く方も多くいます。装具は転倒を防ぐだけでなく、正しい歩き方のパターンを脳に覚えさせるためにも役立ちます。「装具をつけると歩きにくそう」と外してしまうご家族もいますが、担当PTの指示がある場合はきちんと使うようにしましょう。

家族として日常でできるサポート

家族の関わり方は、本人の歩行練習への意欲に大きく影響します。以下のことを意識してみてください。

「手を出しすぎない」サポートを

心配のあまり何でも手伝ってしまうと、本人が「自分でやってみよう」という機会を奪うことになります。できることはできるだけ本人に任せ、必要なときだけ手を差し伸べるスタンスが大切です。

小さな変化を言葉で伝える

「昨日より足の運びがよくなってきたね」「今日は遠くまで歩けたね」といった具体的な言葉での声かけは、本人の自信につながります。回復はゆっくりですが、日々の変化に目を向けてあげてください。

外に出る機会をつくる

自宅の室内だけでなく、屋外での歩行練習も重要です。屋外では地面の凹凸・傾斜・人ごみなど、さまざまな刺激があり、実生活に即した歩行能力が身につきます。天気のよい日に近所を散歩するだけでも十分な練習になります。

リハビリの内容を共有する

担当のPTやOT(作業療法士)から指示されている歩行練習のポイントを家族も把握しておくと、日常生活でのサポートに一貫性が生まれます。リハビリの場に同席できる機会があれば、積極的に参加してみましょう。

歩行練習を安全に続けるための注意点

以下のような状態のときは、無理に歩かせず、医療機関や担当PTに相談してください。

  • 体調が悪い、発熱がある
  • 血圧が著しく高い・低い(目安:収縮期血圧180mmHg以上、または90mmHg未満)
  • ふらつきや頭痛、吐き気がある
  • 足・膝・腰に強い痛みがある
  • いつもより明らかに手足のだるさや力の入りにくさが強い
  • 精神的にひどく落ち込んでいて、歩く気力がない

特に、再発のサインに注意することが大切です。「急に言葉が出にくくなった」「顔や手足の片側がしびれてきた」「突然視野が欠けた」などの症状が出た場合はすぐに救急受診が必要です。

「もう回復しない」は早すぎる判断

「発症から◯ヶ月が過ぎたからもう回復しない」と言われたことがあるかもしれません。確かに、脳卒中後の機能回復は発症後3〜6ヶ月の急性期・回復期に著しく進みますが、その後も継続的な練習によって少しずつ改善が見込めることが多くの研究で示されています。

大切なのは「今の状態からできる歩行練習を続けること」です。回復の速度は人それぞれですが、練習をやめてしまうことで得られるものは何もありません。

ほーりーの臨床メモ

退院後に歩行の機会が激減する患者さんを見てきました。「自宅に戻ったら疲れるから」「転ぶのが怖いから」と、徐々に歩かなくなり、作った短下肢装具もはかなくなり、数ヶ月後の外来で体力が著しく低下していたケースを経験しました。

「歩く」ことは運動機能の維持だけでなく、認知機能・気分・社会参加にも関わるとされています。家族に「外出させる」のではなく「一緒に外に出る機会を作る」という視点でお話しすることで、継続につながりやすくなった患者さんを経験しました。

「毎日◯メートル歩く」という目標より「毎朝好きな〇〇を買いにコンビニまで往復する」という目標の方が続けやすい。生活に組み込んだ目標設定の大切さを、退院指導でお伝えするようにしています。


よくある質問(FAQ)

Q1. 毎日歩いた方がいいですか?

はい、可能な範囲で毎日歩くことが理想です。連続でなくても1日3-5回に分けて短時間でもOK。Kleim & Jones(2008)の神経可塑性10原則でも「Use it or lose it(使わなければ失う)」と示されており、継続性が機能維持の鍵です。ただし疲労・痛みがあれば無理せず休息日を入れます。

Q2. 杖や装具を使うと「楽をしている」ことになりませんか?

いいえ、むしろ正しい使用が回復を促進します。装具・杖は「補助具」であり、正しい歩行パターンの再学習を助けます。「装具なしで歩けるようになりたい」気持ちはわかりますが、間違った歩き方を反復するより、装具で正しい歩き方を身につける方が長期的には機能改善につながります。

Q3. 屋外を歩くのが怖いです。家の中だけでも効果ありますか?

家の中だけでも一定の効果はありますが、屋外歩行(環境の変化・地面の傾き・人混みなど)は別の脳機能(注意・予測・適応)を使うため、屋外での歩行体験が機能向上に重要です。最初は短距離・家族同伴・歩行補助具併用で少しずつ屋外に出てみましょう。

Q4. 慢性期でも歩行はまだ改善できますか?

はい、改善の可能性は十分あります。Ballester et al.(2019, J Neurophysiol)の研究では発症1年以上経過した患者さんでも適切な介入で機能改善が報告されています。「もう変わらない」と諦めず、適切な強度・反復・課題設定で歩行リハビリを続けてください。


まとめ

  • 歩行が難しい原因は「麻痺・バランス・感覚」の複合。リハビリは多面的アプローチで
  • 神経可塑性は脳の生涯能力。慢性期でも反復・課題特異性で改善は可能
  • 歩かない代償は廃用・骨密度低下・心肺機能・うつ。動かないこと自体が悪循環
  • 効果的歩行練習の3条件:強度・反復・課題特異性。装具・杖を活用し正しい歩行を反復
  • 家族のサポートは「見守り・共に歩く・転倒予防」の3本柱。安全に長く続ける視点を

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免責事項

本記事の内容は、筆者個人の経験・知識および参考文献に基づく情報提供を目的としており、個別の医療・リハビリテーションに関するアドバイスではありません。歩行練習の可否や方法については、担当の理学療法士・主治医など専門家に必ずご相談ください。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いかねます。

参考文献

  1. Langhorne P, et al. Motor recovery after stroke: a systematic review. Lancet Neurol. 2009;8(8):741-754.
  2. Kwakkel G, et al. Effects of augmented exercise therapy time after stroke: a meta-analysis. Stroke. 2004;35(11):2529-2536.
  3. Veerbeek JM, et al. What is the evidence for physical therapy poststroke? A systematic review and meta-analysis. PLoS One. 2014;9(2):e87987.
  4. 日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会. 脳卒中治療ガイドライン2021. 協和企画; 2021.
  5. Ada L, et al. A systematic review of the effect of treadmill training on walking and related activities after stroke. Int J Stroke. 2010;5(5):383-389.
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ほーりー
脳卒中認定理学療法士/臨床13年目/総合病院勤務(回復期・地域包括・緩和ケア病棟)で累計500例以上の脳卒中患者のリハビリを担当。院内では新人PT教育・勉強会講師を継続。日本神経理学療法学会所属。新人PT・若手PTと患者様・ご家族に「現場の知見」をわかりやすく発信しています。