ホットパックとアイシング、どう使い分ける?——脳卒中リハビリにおける温熱療法と寒冷療法の基本

はじめに
「痙縮の患者さんにホットパックとアイシング、どっちが正解なんですか?」
実習中や就職直後にこの質問を指導者に投げかけ、明確な答えをもらえなかった経験はありませんか。「どちらも効く」「患者さんによる」という答えは間違いではないのですが、なぜそうなのかを理解していないと、臨床で選択に自信が持てません。
この記事では、温熱療法と寒冷療法それぞれの生理学的根拠と、脳卒中リハビリにおける具体的な使い分けを整理します。
温熱療法の生理学的効果
組織温度が上がると何が起こるのか
皮膚・皮下組織・筋腱などの温度が上昇すると、以下の変化が生じます。
① 血管拡張と血流増加
局所の血管が拡張し、血流が増加します。これにより酸素・栄養素の供給が促進され、代謝産物の除去が進みます。
② コラーゲン線維の粘弾性低下
腱・関節包・筋膜(きんまく)などのコラーゲン組織は、温度が上がると伸張性が高まります。拘縮(こうしゅく)のある関節への可動域練習前に温熱を加えることで、組織が「伸びやすい状態」を作れます。
③ 神経伝導速度の変化
温熱は感覚神経・運動神経の伝導速度を上げる効果があります。軽度の疼痛緩和効果もあります。
④ 筋スパズムの緩和
筋スパズム(痛みや緊張による持続的な筋収縮)が緩和されやすくなります。ただしこれは痙縮(中枢性の筋緊張亢進)とは異なるメカニズムです。
主な温熱療法の種類と特徴
| 手段 | 深達度 | 特徴 |
|---|---|---|
| ホットパック | 浅い(皮膚〜皮下) | 最も手軽。感覚障害部位は熱傷に注意 |
| 超音波療法(連続) | 深い(3〜5cm) | 腱・関節包に直接届く |
| パラフィン浴 | 浅い(手・足先) | 細部に均一な温熱。手指拘縮に有用 |
| 渦流浴(かりゅうよく) | 中程度 | 水流刺激との組み合わせ |
寒冷療法の生理学的効果
組織温度が下がると何が起こるのか
① 血管収縮と代謝抑制
初期の冷却では血管が収縮し、局所の代謝が低下します。急性外傷・術後炎症の急性期では、浮腫(ふしゅ)の抑制に有効とされます。
ただし長時間冷却すると反射性の血管拡張(hunting reaction)が起こるため、「冷やし続ければいいわけではない」という理解が必要です。
② 神経伝導速度の低下と疼痛閾値の上昇
冷却により感覚神経・運動神経の伝導速度が低下します。これが局所麻酔様の疼痛緩和効果をもたらします。
③ 筋紡錘(きんぼうすい)の感受性低下
筋紡錘の Ia(いちエー)求心性神経の感受性が低下し、γ(ガンマ)運動ニューロンの活動が抑制されます。これが痙縮への寒冷療法が使われる理由のひとつです。
④ 代謝産物・炎症メディエーターの除去遅延
過度な冷却は代謝を過剰に抑制するため、慢性期への長期的な使用には適しません。
痙縮に対して温熱か寒冷か
これが最も悩まれるポイントです。結論から言えば、どちらも痙縮の一時的な緩和に使えますが、メカニズムが異なり、使いどころも違います。
寒冷療法が痙縮に使われる根拠
- 筋紡錘感受性の低下 → Ia求心性神経の興奮性抑制 → α(アルファ)運動ニューロン活動の低下
- これにより痙縮筋の筋緊張が一時的に抑制される
- 効果の持続は20〜30分程度が多く、その後の可動域練習との組み合わせが前提
慢性期の脳卒中片麻痺者16名を対象としたランダム化シャム対照クロスオーバー研究(Garciaら,2019)では、下腿三頭筋への20分間の寒冷療法によって底屈筋の痙縮が有意に低下し、足関節の位置覚は変化しなかったと報告されています。「冷やすと感覚が鈍って動けなくなるのでは」という懸念に対する、ひとつの答えといえます。
温熱療法が拘縮予防・組織柔軟性向上に使われる根拠
- コラーゲン線維の伸張性向上(温度依存的)
- 関節包・筋腱移行部の柔軟性改善
- 特に慢性的な拘縮への可動域練習前の前処理として有用
ただし、温熱は痙縮そのものへの抑制効果は寒冷ほど明確ではなく、むしろ組織の物理的な柔軟性を高めることで間接的に可動域を改善するアプローチです。
整理すると
| 目的 | 推奨される療法 |
|---|---|
| 痙縮の一時的な筋緊張抑制 | 寒冷療法(アイスパック・アイスマッサージ) |
| 拘縮組織の柔軟性向上(可動域練習前) | 温熱療法(ホットパック・超音波連続) |
| 急性炎症・浮腫の抑制 | 寒冷療法 |
| 慢性疼痛・筋スパズムの緩和 | 温熱療法 |
使い分けの3つの判断軸
① 炎症の有無・ステージ
- 急性炎症期(発赤・腫脹・熱感・疼痛あり):寒冷を選択
- 亜急性〜慢性期(炎症は落ち着いているが可動域制限・拘縮が残る):温熱を選択
脳卒中後の肩痛では、腱板の炎症が活動期にあるのか慢性化しているのかを評価してから選ぶことが重要です。
② 深達度が必要かどうか
- 表在性の筋・皮膚下組織が対象 → ホットパック・アイスパックで十分
- 深部の関節包・腱・筋腱移行部が対象 → 超音波療法(温熱モード)を検討
③ 感覚障害の程度
麻痺側(まひがわ)の感覚障害は、温熱療法・寒冷療法のどちらにも熱傷・凍傷リスクをもたらします。
- 表在感覚(触覚・温覚・冷覚)の評価を先に行う
- 感覚障害が重度な場合は、患者さんの「痛くない」という反応だけを信じず、定期的に皮膚を視覚で確認する
- ホットパック使用時はタオルを重ねて温度を下げ、照射時間を短くする(15〜20分以内)
ホットパックとアイシング、両方使ってもいいのか
結論:目的が違えば併用できます。ただし「なんとなく両方」は避けてください。
臨床でいちばん多い質問がこれです。答えは「使えるが、順番と目的を決めること」。同じ部位に同時に当てるのは意味がありませんし、目的のない交互適用も効果は期待しにくいのが実情です。
温冷交代浴(コントラストバス)のエビデンスはどこまで?
温水と冷水に交互に浸ける温冷交代浴は古くから使われていますが、エビデンスは想像よりずっと弱いのが実情です。10研究・264名を対象としたシステマティックレビュー(Breger Stantonら,2009)の結論はこうです。
- 表在血流と皮膚温の改善については「弱いエビデンス」にとどまる
- 10研究中8研究で温水浸漬による皮膚温の上昇を確認
- 一方で3研究では筋肉内(深部)の組織温に有意な変化がなかった
- 研究ごとにプロトコルがばらばらで、明確な結論を出せない
さらに重要なのは、生理学的な変化と機能的アウトカム(実際に動作が良くなるか)の関連が確立されていない点です。脳卒中に特化したエビデンスとなると、ほぼ存在しないのが現状といえます。
整理すると、「皮膚は温まる・冷えるが、その下の筋まで届いている保証はなく、動作が良くなるかも不明」ということです。
そもそも表在温熱はどこまで届くのか
ホットパックのような表在温熱の深達度は、一般に1cm以下とされています。湿性ホットパックを当てたとき、深さ1cmの組織温は約2.8℃上昇し、組織温のピークはおよそ15分で訪れると報告されています(Hawkesら,2013)。
ここから、臨床的に大事なことが2つ言えます。
① 20分以上あて続ける意味は薄い。15分前後で頭打ちになるため、それ以上続けても温度は上がらず、熱傷のリスクだけが増えていきます。
② 深部の筋を狙うなら、表在温熱では届かない。深層の筋や関節包を狙う場合は超音波療法など深達性のある手段を選びます。表在温熱の効果は皮膚の血流と皮膚受容器を介した反射的なものと理解しておくと、使いどころを外しません。
だからこそ「目的から逆算する」
温冷交代浴そのものを否定するわけではありません。ただ、エビデンスが弱い以上、「なんとなく血行が良くなりそうだから」で組むのは避けるべきです。次のように目的から逆算してください。
- 痙縮を一時的に下げて可動域練習をしたい → 寒冷を先に
- 組織を柔らかくして伸張性を出したい → 温熱を先に
- 運動後の疼痛・炎症を抑えたい → 最後に寒冷
この「順番の設計」こそが、両方を使うときの本質です。次の章で具体的なパターンを見ていきましょう。
よく使われる組み合わせパターン
パターン①:寒冷→可動域練習
- 痙縮筋群にアイスパック(10〜15分)
- 筋緊張が低下したところで関節可動域練習・ストレッチ
- 機能的な運動練習へ
例:手関節屈筋の痙縮が強い患者さんに、アイスパック後に手関節背屈の可動域練習を行う
パターン②:温熱→可動域練習→寒冷
- ホットパックまたは超音波療法(10〜15分)
- 組織が柔らかい間に可動域練習
- 運動後の炎症・疼痛予防にアイスパック(10〜15分)
例:足関節拘縮のある患者さんに、ホットパック後の可動域練習→終了後アイシング
ほーりーの臨床メモ
「痙縮にはホットパックとアイシングどっちですか?」という質問は、毎年新人PTから受ける定番の疑問です。私の答えは「痙縮の緩和が主目的ならアイシング、拘縮組織を伸ばしやすくしたいなら温熱」と整理するのが実用的だということです。
臨床で特に重要なのが「痙縮」と「拘縮」を区別することです。関節が固いのは痙縮のせいなのか、それとも組織が器質的に硬くなった拘縮なのか——両方が混在していることも多く、どちらが主因かによってアプローチが変わります。急性期・回復期初期では痙縮成分が大きいことが多くアイシングが有効で、慢性期になると拘縮成分が大きくなるため温熱が使いやすくなる傾向があります。
麻痺側の感覚障害への配慮は徹底してください。「熱くない・冷たくない」という患者さんの言葉を信じて重篤な熱傷・凍傷を起こした事例は報告されています。ホットパックはタオル2〜3枚重ね・15分以内、アイスパックは薄いタオル越しに当てることを基本にして、5分おきに皮膚確認を行う習慣が大切です。
よくある質問(FAQ)
Q1. ホットパックとアイスパック、迷ったときの判断基準は?
「これから動かしたい筋を緩めたい」なら温熱(伸展性改善・血流促進)、「過剰な筋緊張を一時的に抑えたい・炎症を抑えたい」なら寒冷(伝導速度低下・血管収縮)が基本判断です。脳卒中の慢性期の拘縮ストレッチ前なら温熱、痙縮の強い時期や急性炎症期なら寒冷を選びます。
Q2. ホットパックは何分くらい当てればいいですか?
温熱効果が深部に達するのは20分前後で、標準は15〜20分です。30分以上は熱傷リスクが高まるため避けます。施術中は5〜10分ごとに皮膚色・熱感を確認し、必ずタオル6〜8枚を挟みます。
Q3. 感覚障害がある麻痺側でホットパックは使えますか?
条件付きで使用可能ですが、注意が必要です。患者さんの「熱い」の訴えに頼れないため、①タオル枚数を増やす(8枚以上)、②時間を短くする(10〜15分)、③5分ごとに皮膚を直接確認するのが必須です。感覚高度脱失例では使用を見送る判断もあります。
Q4. アイスパックの「リバウンド痙縮」とは?
冷却終了後に筋緊張が一時的に増強する現象です。寒冷による即時の痙縮抑制効果は確実ですが、その効果は数十分〜数時間で消失し、その後逆に痙縮が増強することがあります。寒冷直後のリハビリ介入で運動学習効果を引き出す視点が重要です。
Q5. ホットパックとアイシング、両方やってもいいですか?
目的と順番が決まっていれば、併用して問題ありません。
ただし「同じ部位に同時」は無意味ですし、目的のない交互適用に明確な根拠はありません。温冷交代浴のシステマティックレビューでも、皮膚温・表在血流の改善は弱いエビデンスにとどまり、深部の筋温は変わらなかったという報告があります(Breger Stantonら,2009)。
実践的には「痙縮を下げてから動かしたいなら寒冷が先」「柔らかくしてから伸ばしたいなら温熱が先」「運動後の炎症予防なら最後に寒冷」と、目的から順番を決めてください。
Q6. 冷やすと感覚が鈍って、かえって動きにくくなりませんか?
よくある懸念ですが、少なくとも関節位置覚については影響しないというデータがあります。
慢性期脳卒中片麻痺者を対象とした研究(Garciaら,2019)では、下腿への20分間の寒冷療法で痙縮は有意に低下した一方、足関節の位置覚は変化しませんでした。つまり「動きの土台となる深部感覚を犠牲にせずに、筋緊張だけを下げられる」可能性が示されています。
ただし表在感覚(触覚・温度覚)は一時的に鈍ります。冷却直後に細かい手指の操作練習を行う場合は、この点を踏まえて課題を選んでください。
まとめ
- 温熱は「筋伸展性改善・血流促進・痛みの緩和」。ストレッチ・ROMex前の準備に最適
- 寒冷は「神経伝導速度低下・痙縮一時抑制・炎症抑制」。痙縮の強い時期や急性炎症期に有効
- 使い分けの3軸:①目的(緩めるか抑えるか)、②部位(深部か表在か)、③病期(急性/回復/生活)で判断する
- 痙縮への即時効果は寒冷>温熱だが、リバウンド痙縮に注意。直後の運動療法で学習効果を定着させる
- 感覚障害のある麻痺側では「患者の訴え」より「触察・皮膚観察」を徹底する安全管理が大切
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免責事項
本記事の内容は、筆者個人の経験・知識および参考文献に基づく情報提供を目的としており、個別の医療・リハビリテーションに関するアドバイスではありません。物理療法の実施については、担当の医師・理学療法士など専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いかねます。
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