延髄を損傷すると何が起きるのか——症状の読み方と評価・リハビリへの活かし方

「Wallenberg症候群の患者さんを担当したけど、なぜ片麻痺がないのに嚥下ができなくてめまいも強くて、顔と手足の感覚の鈍い側が違うのか、症状の全体像が掴めない」——延髄損傷を初めて担当したPTが感じる困惑として、よく聞かれる声です。
延髄(medulla oblongata)は脳幹の最も尾側に位置し、呼吸・循環・嚥下といった生命維持機能の中枢が密集しています。損傷の場所(内側か外側か)によって症状パターンが劇的に異なり、外側損傷(Wallenberg症候群)は「片麻痺がない脳幹卒中」として特徴的です。この記事では、延髄の解剖と機能から出発し、損傷時に出やすい症状と評価のポイントを臨床に直結する形で整理します。
この記事でわかること
- 延髄の解剖的位置と、生命維持・感覚・運動・脳神経における役割
- 延髄が損傷されやすい理由(血管支配と2大損傷パターン)
- Wallenberg症候群(延髄外側症候群)の症状と読み方
- 延髄内側症候群(Dejerine症候群)との違い
- 担当時に押さえるべき評価のポイント
延髄とはどこにある?何をする場所か
延髄の内部構造:内側と外側
延髄の内部は、機能的に「内側部」と「外側部(被蓋)」に分けて理解することが臨床上の鍵です。
延髄内側部:錐体(皮質脊髄路・錐体交叉)・内側毛帯(深部感覚)・舌下神経根(XII)が走行します。
延髄外側部・被蓋:三叉神経脊髄路核(同側顔面の痛覚・温度覚)・脊髄視床路(対側体幹・四肢の痛覚・温度覚)・疑核(IX・X・XI:嚥下・発声)・孤束核(嚥下反射・内臓感覚)・下小脳脚(同側小脳への連絡)・前庭神経核・交感神経下行路(Horner関連)・網様体(呼吸中枢)が存在します。
延髄に存在する脳神経核
| 脳神経 | 核 | 主な機能 |
|---|---|---|
| 舌咽神経(IX) | 疑核・孤束核・下唾液核 | 嚥下・発声・味覚・唾液分泌 |
| 迷走神経(X) | 疑核・孤束核・迷走神経背側核 | 嚥下・発声・内臓調節(心臓・消化管) |
| 副神経(XI) | 疑核(脊髄根) | 胸鎖乳突筋・僧帽筋の運動 |
| 舌下神経(XII) | 舌下神経核 | 舌の運動 |
延髄の生命維持機能
- 呼吸中枢:腹側呼吸群(VRG)・背側呼吸群(DRG)が呼吸リズムを生成・調節
- 循環中枢:血管運動中枢(血圧・心拍数の調節)
- 嚥下中枢:嚥下パターン発生器(孤束核・疑核の連携)
- 錐体交叉:延髄下部で皮質脊髄路の約80〜85%が交叉する
なぜ延髄が損傷されるのか——血管支配から理解する
| 血管 | 起源 | 栄養領域 |
|---|---|---|
| 前脊髄動脈・傍正中動脈 | 椎骨動脈 | 延髄内側(錐体・内側毛帯・舌下神経核) |
| 後下小脳動脈(PICA) | 椎骨動脈 | 延髄外側(被蓋)・小脳下後面 |
| 後脊髄動脈 | PICAまたは椎骨動脈 | 延髄後部・後索 |
椎骨動脈解離は若年者の延髄外側梗塞(Wallenberg症候群)の重要な原因であり、頸部の突然の痛みとともに発症する場合は解離を疑います。
延髄外側症候群(Wallenberg症候群)
Wallenberg症候群の最大の特徴:「嚥下障害・めまい・交叉性感覚障害があるのに片麻痺がない」
錐体(皮質脊髄路)は延髄内側を走行しているため、外側損傷では通常障害されません。これが「脳幹卒中なのに手足が動く」という一見わかりにくい症状を生みます。
1. 嚥下障害・構音障害・嗄声(疑核・孤束核)
Wallenberg症候群で最も臨床的に重要な症状です。疑核(IX・X脳神経の運動核)の損傷により、咽頭・喉頭の運動が障害されます。誤嚥リスクが高く、急性期の栄養・水分管理に直結します。
口蓋垂(uvula)が病変と反対側に偏位します(健側の咽頭収縮筋が引っ張るため)。この所見は症状の局在診断に役立ちます。
2. 交叉性感覚障害(最特徴的な所見)
- 同側の顔面:痛覚・温度覚の障害(三叉神経脊髄路核の損傷)——触覚・深部感覚は比較的保たれる
- 対側の体幹・四肢:痛覚・温度覚の障害(脊髄視床路の損傷)——内側毛帯が保たれるため深部感覚は比較的保たれる
「顔の感覚が鈍い側と、手足の感覚が鈍い側が逆」——片麻痺が伴わない点が橋病変との大きな違いです。
3. めまい・眼振・嘔吐(前庭神経核)
- 回転性めまい:急性発症・体位変換で増悪
- 眼振:方向交代性・回旋性眼振が特徴的
- 悪心・嘔吐:前庭刺激による
BPPVとの鑑別が重要です。Wallenbergのめまいは体位に関わらず持続・全方向で眼振・他の神経症状を合併します。
4. 同側の小脳性失調(下小脳脚)
下小脳脚(延髄外側を通る線維束)の損傷により同側の小脳性失調が生じます。上肢の測定障害・企図振戦・踵膝脛試験の障害・体幹失調(同側への傾倒)として現れます。失調が同側に出る点が橋損傷(対側に失調)との違いです。
5. 同側のHorner症候群(交感神経下行路)
延髄外側を下行する交感神経路の損傷により、同側のHorner症候群(縮瞳・眼瞼下垂・眼球陥凹・無汗)が生じます。Horner症候群の出現は延髄外側損傷を強く示唆します。
6. 姿勢・歩行の傾倒
座位・立位で病変側への強い傾倒傾向が見られます。前庭障害・失調・感覚障害の複合的な障害が関与し、プッシャー症候群と類似した姿勢障害が出現することがあります。
7. しゃっくり(吃逆)
延髄の網様体や横隔膜への神経経路が障害されることで難治性のしゃっくりが出現することがあります。Wallenberg症候群の比較的特徴的な症状のひとつです。
延髄内側症候群(Dejerine症候群)との比較
Dejerine症候群は前脊髄動脈または椎骨動脈の傍正中枝閉塞によって延髄内側が梗塞することで生じます。3主徴は以下のとおりです:
- 同側の舌下神経麻痺(XII):舌が病変側に偏位・萎縮
- 対側の片麻痺:錐体(皮質脊髄路)の損傷
- 対側の深部感覚障害:内側毛帯の損傷(痛覚・温度覚は保たれやすい)
| 項目 | Wallenberg(外側) | Dejerine(内側) |
|---|---|---|
| 損傷血管 | PICA・椎骨動脈 | 前脊髄動脈・傍正中枝 |
| 片麻痺 | なし | あり(対側) |
| 感覚障害 | 痛覚・温度覚(交叉性) | 深部感覚・識別触覚(対側) |
| 嚥下障害 | 高度(疑核) | 軽度〜なし |
| 失調 | あり(同側) | なし〜軽度 |
| めまい | あり(前庭神経核) | まれ |
| Horner | あり(同側) | なし |
| 脳神経麻痺 | IX・X・XI(疑核) | XII(舌下神経) |
評価のフレームワーク——Step形式で整理する
Step 1:嚥下・構音の評価(最優先)
- 反復唾液嚥下テスト(RSST):30秒で3回以上の嚥下が目安
- 改訂水飲みテスト(MWST):3mLの冷水で嚥下反射・むせ・湿性嗄声を確認
- 口蓋垂の偏位:反対側(健側)に偏位していれば同側の疑核損傷
- 咽頭反射(gag reflex):舌圧子で咽頭後壁を刺激
- 軟口蓋の挙上:「アー」の発声で左右対称性を確認
Step 2:感覚の評価(交叉性パターンの確認)
- 顔面の痛覚・温度覚(三叉神経脊髄路核:同側)
- 体幹・四肢の痛覚・温度覚(脊髄視床路:対側)
- 「顔の感覚が鈍い側」と「手足の感覚が鈍い側」が逆→延髄外側損傷を示唆
- Dejerine症候群では対側の深部感覚(位置覚・振動覚)を重点評価
Step 3:小脳失調の評価(下小脳脚)
- フィンガー・ノーズ試験(上肢失調)・踵膝脛試験(下肢失調)
- 失調が同側(病変と同じ側)に出ることがWallenbergの特徴
- 座位での傾倒方向・傾倒の強さ
Step 4:前庭機能・めまいの評価
- 眼振の方向・性状(注視方向別・回旋成分の有無)
- Dix-Hallpike法でBPPVとの鑑別(BPPVは特定頭位で誘発・消退、Wallenbergは持続)
- 座位・立位での重心動揺・傾倒の観察
Step 5:脳神経の評価
- IX・X:咽頭反射・軟口蓋・口蓋垂の対称性・声質
- XII(Dejerine):舌の突出(病変側に偏位)・萎縮の有無
- Horner症候群:縮瞳・眼瞼下垂の確認
Step 6:呼吸・バイタルの確認
延髄損傷では呼吸中枢が障害されるリスクがあります。SpO₂・呼吸数・呼吸パターン・意識水準を確認し、異常な呼吸パターン(Cheyne-Stokes呼吸・失調性呼吸)があれば即座に報告します。これは延髄損傷リハビリにおける最重要の安全管理事項です。
リハビリへの活かし方
嚥下障害へのアプローチ(最重要)
延髄外側損傷の嚥下障害は、咽頭期(咽頭収縮・喉頭挙上・声門閉鎖)の問題が主体です。
- 頸部前屈嚥下(chin tuck):声門上・喉頭蓋谷を広げ誤嚥を減少させる
- 声門上嚥下法:息こらえをしながら飲み込み、その後咳で残留物を除去
- 患側頸部回旋:病変側へ頭を回旋することで患側を閉鎖し健側で食塊を通す
- 食形態の調整:ゼリー状・とろみ食から段階的に引き上げる
- 口腔ケアの徹底:誤嚥性肺炎予防のため口腔内細菌数を減らす
めまい・前庭障害へのアプローチ
急性期が落ち着いた段階から前庭リハビリ(vestibular rehabilitation)を開始します。
- 頭部運動練習:眼球を固定点に向けながら頭部を水平・垂直に動かす(前庭代償を促す)
- 視線安定化練習(gaze stabilization):動く標的を目で追いながら頭部を動かす
- 立位・歩行練習:安全を確保しながら動的な姿勢制御を練習
前庭リハビリは「めまいを我慢しながら動く」ことで前庭中枢の代償を促します。過度な安静は回復を遅らせるため、急性期が過ぎれば積極的な離床・動作練習が重要です。
傾倒・姿勢障害へのアプローチ
- 姿勢鏡・視覚フィードバック:自分の傾きを視覚的に確認させ垂直知覚の再学習を促す
- 体幹の安定化練習:座位バランス→立位バランスの段階的なアプローチ
- 転倒予防の環境整備:手すりの設置・ベッドの位置・介助方法のチーム統一
小脳性失調へのアプローチ
- フレンケル体操(視覚的フィードバックを使った協調運動練習)
- 近位部の安定化から遠位部の制御へ
- 重りつきリストバンド(上肢の企図振戦を軽減)
ほーりーの臨床メモ
延髄損傷(ワレンベルグ症候群が代表的)の患者さんを担当したとき、「片側の顔と反対側の体の感覚障害」という交差性感覚障害に驚いた経験があります。養成校で勉強した内容を臨床で目の当たりにし解剖学の知識が症状理解の土台になることを実感しました。
嚥下障害が高頻度で合併し、STとの密な連携が必須です。食形態の調整やポジショニング管理はチーム全体の問題であり、PTとして摂食時の姿勢管理に責任を持つようにしています。
Lateropulsionが強く出る場合、基本動作の自立に時間がかかることを経験します。「なぜこの患者さんはこう傾くのか」を理解したうえで焦らず取り組むことと、患者さんへの丁寧な説明が治療関係の基盤になると思います。
まとめ
延髄損傷は「内側か外側か」で症状パターンが大きく分かれます。
Wallenberg症候群(外側)を疑うサイン:
- 嚥下障害・嗄声があるのに片麻痺がない
- 交叉性感覚障害(顔と手足の感覚障害が逆側)
- 同側のHorner症候群(縮瞳・眼瞼下垂)
- 同側の小脳失調
- 急性発症のめまい・眼振・嘔吐
- 難治性しゃっくり
Dejerine症候群(内側)を疑うサイン:
- 同側の舌下神経麻痺(舌が病変側に偏位)
- 対側の片麻痺
- 対側の深部感覚障害(痛覚・温度覚は保たれる)
評価は「嚥下(最優先)→感覚(交叉確認)→失調→前庭→脳神経→呼吸」の順で進め、急性期は呼吸状態と誤嚥リスクの管理を最優先に考えます。延髄損傷の患者さんは急性期の嚥下障害が重篤になりやすい反面、適切なリハビリで機能回復が得られることも多く、早期からの系統的な評価と介入が予後を左右します。
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免責事項
本記事は理学療法士による教育・情報提供を目的として執筆されています。個々の患者さんへの具体的な医療行為や訓練内容については、担当医師・理学療法士の指導のもとで判断・実施してください。本記事の内容を参考に生じたいかなる結果についても、筆者および当ブログは責任を負いません。
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