脳卒中後の言語障害(失語症)——家族のためのコミュニケーションガイド

はじめに
突然の入院の後、「話しかけても言葉が出てこない。本人が何を言いたいのかわからなくて、どう接すればいいのか……」という声は、脳卒中後の言語障害(失語症)を経験したご家族から最も多く聞かれるものです。
この記事では、失語症の基本的な理解と、家族ができる具体的な関わり方を整理します。
失語症とは何か
失語症(Aphasia)は、脳卒中によって言語を司る脳の領域(主に左脳)がダメージを受けることで、「話す・聞く・読む・書く」という言語機能に障害が生じた状態です。
大切なのは、失語症は「知能の低下」ではないということです。 言いたいことはある、理解できていることもある——ただし、それを言葉として出したり、言葉として受け取ったりする機能に障害がある状態です。
失語症の主な種類
失語症にはいくつかの種類があり、それぞれ「話す・聞く・読む・書く」のどの機能が障害されているかが異なります。
| 種類 | 特徴 | 比較的保たれている機能 |
|---|---|---|
| ブローカ失語(運動性失語) | 話すことが困難。単語は出るが文を作れない | 理解は比較的良好 |
| ウェルニッケ失語(感覚性失語) | 流暢に話せるが意味が通じない。聞いて理解することが難しい | 話す流暢さ |
| 全失語 | 話す・聞く・読む・書く、すべてが重度に障害 | 表情・感情表現 |
| 健忘失語(語健忘) | 言いたい言葉が出てこない(物の名前が出ない) | 理解・文章構成 |
家族ができるコミュニケーションの工夫
基本の姿勢
- ゆっくり、はっきり話す:早口にならず、一文を短くする
- 一度に一つの情報を伝える:「今日は外出して、銀行に寄って、ご飯食べようか」ではなく、一つずつ
- 目を合わせて、表情豊かに:言葉以外の情報(表情・身振り)が理解を助けます
- 返答を急かさない:言葉が出てくるまでゆったりと待つ。「言えなくていい」という雰囲気を作る
伝わりやすくする工夫
- 絵・写真・メモを使う:「病院に行く?」より、病院の写真を見せながら聞く
- Yes/Noで答えられる質問にする:「何が食べたい?」より「ご飯が食べたい?はい・いいえ」
- 体のジェスチャーを活用する:飲み物を飲む動作、眠る動作など
- 五十音表・コミュニケーションボードを使う:文字を指差してもらう方法が有効な方もいます
やってはいけない関わり方
- 言葉を先読みして代わりに言ってしまう(本人が言おうとする機会を奪う)
- 「なんで言えないの」「もう一度言って」と繰り返し言わせる
- 「わかる人に話しかければいい」と諦めてコミュニケーションを減らす
- 子ども扱いしたり、大声で話しかける(耳は聞こえています)
言語聴覚士(ST)によるリハビリの役割
言語障害のリハビリを担当するのは言語聴覚士(ST:Speech-Language-Hearing Therapist)です。
STは失語症の種類・重症度を評価した上で、その人に合わせた言語訓練を行います。
言語訓練で行われること:
- 物の名前を言う練習(呼称訓練)
- 単語・文章の復唱練習
- 読み・書きの練習
- コミュニケーション補助手段の訓練(絵カード・タブレット活用など)
- 家族への関わり方指導
退院後も訪問リハビリや外来言語療法でSTによる支援を継続できます。介護保険の範囲内でも訪問看護ステーションのSTを利用できます。
「伝わらない」もどかしさと向き合う
失語症のある方本人にとっても、言いたいことが出てこないもどかしさは計り知れません。また、ご家族も「何を伝えたいのか」がわからず、無力感を感じることがあります。
それでも、「伝えようとすること」「聞こうとすること」を続けることが、関係性を守り、回復を支えます。
気持ちを伝える方法は言葉だけではありません。 手を握る、隣に座る、一緒に食事をする——そういった非言語のつながりが、孤立感を和らげます。
失語症は長期的なリハビリと生活の中での継続的なコミュニケーションによって、ゆっくりと改善が続くことがあります。焦らず、長い視点でつきあっていくことが大切です。
ほーりーの臨床メモ
失語症のあるご家族に「どうやって話しかければいいですか?」と聞かれるとき、私が最初にお伝えするのは「答えを出してあげなくていいんです」という言葉です。
家族として「正しい答えを教えてあげよう」「言葉を補ってあげよう」と思うのは自然なことです。でも、患者さん本人にとっては、「自分で言えた」という体験の積み重ねがリハビリになります。言葉が出てくるまで待つ——これが家族にできる最も大切なリハビリのひとつです。
また、失語症の方は「言葉で伝えられない」だけで、感情は豊かにあります。笑ったり、怒ったり、悲しんだり——その感情を否定せず、「そうだね」と受け止めることが、回復への意欲につながります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 失語症の人は本当に「分かっている」のですか?
多くの場合、はい。失語症は「言葉の障害」であり、知能や人格は保たれています。Wernicke失語など理解面の障害がある場合もありますが、Broca失語などでは「言いたいことはあるのに言葉が出ない」状態です。「分かっていない」と思わず、人として尊重して接することが何より大切です。
Q2. ゆっくり話せば全て理解してもらえますか?
ゆっくり・短く・はっきり、は基本ですが、それだけでは不十分なこともあります。①絵や写真を併用、②YES/NOで答えられる質問にする、③ジェスチャーを混ぜる、④紙に書いて見せる、⑤複文を避ける、を組み合わせると伝わりやすくなります。STに「個別のコミュ方法」を聞くのもおすすめです。
Q3. 本人がイライラ・落ち込んでいる時はどう接すればいい?
まず「伝わらないつらさを理解している」というメッセージを伝えます。「ゆっくりでいいよ」「焦らなくていいよ」と寄り添う言葉、肩や手に触れる非言語的サポート、無理に話を続けず時間を変える等の対応が有効です。長期的な精神的支援は脳卒中後うつ記事もご参照ください。
Q4. 家族会・支援団体はありますか?
はい。全国失語症友の会連合会・各地の失語症友の会・市町村の家族会など複数あります。同じ経験を持つ家族との交流は、情報源としても精神的支えとしても貴重です。「失語症のある人・家族のための情報サイト」(NHK等)も活用できます。
まとめ
- 失語症は「言葉の障害」で人格や知能は保たれる。人として尊重する接し方が基本
- 主要4タイプ(Broca/Wernicke/全失語/健忘性)で対応のコツが変わる
- 家族のコミュ7工夫:ゆっくり・短く・絵・YES/NO・ジェスチャー・紙・複文回避
- STとの連携で個別のコミュ方法を学べる。リハ場面の参加も歓迎されることが多い
- 「伝わらないつらさ」に寄り添う。家族会・コミュニティで孤立を防ぐ
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免責事項
本記事の内容は、筆者個人の経験・知識および参考文献に基づく情報提供を目的としており、個別の医療・リハビリに関するアドバイスではありません。言語障害については必ず担当の言語聴覚士・医師にご相談ください。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いかねます。
参考文献
- 日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会. 脳卒中治療ガイドライン2021. 協和企画; 2021.
- Brady MC, et al. Speech and language therapy for aphasia following stroke. Cochrane Database Syst Rev. 2016;(6):CD000425.
- 一般社団法人 日本言語聴覚士協会. 言語聴覚士の業務指針. 2020.
- Robey RR. A meta-analysis of clinical outcomes in the treatment of aphasia. J Speech Lang Hear Res. 1998;41(1):172-187.
- Simmons-Mackie N, et al. Communication partner training in aphasia: a systematic review. Arch Phys Med Rehabil. 2010;91(12):1814-1837.
- 藤田郁代(編). 標準言語聴覚障害学 失語症学 第3版. 医学書院; 2020.


















