この記事でわかること

  • 階段昇降動作に必要な筋力・バランス・協調性の要件
  • 正常な階段昇降のバイオメカニクス(昇りと降りの違い)
  • 片麻痺患者に多い問題点と動作観察のポイント
  • 「降りの方が難しい」理由とその臨床的意味
  • 段階的訓練の進め方(2足一段→1足一段)と手すりの活用法

はじめに

「歩けるようになったのに、階段は練習しなくていいのでしょうか」——患者さんのご家族からこう聞かれたことがある新人PTは多いはずです。あるいは「担当患者さんが退院後に階段のある環境に帰るのに、どんな訓練をすればいいか分からない」と悩んでいる方もいるかもしれません。

階段昇降はADL(日常生活動作)の中でも特に要求水準が高く、在宅復帰後の生活の幅を大きく左右します。自宅に段差や階段がある患者さんにとっては、「歩行の自立」よりも「階段の自立」の方が重要なこともあります。この記事では、片麻痺患者の階段昇降動作を詳しく分析し、実践的な訓練の進め方を解説します。

階段昇降動作に必要な能力

必要な筋力

階段昇降は平地歩行よりもはるかに大きな筋力を要します。主な筋群と役割は以下のとおりです。

昇りで特に重要な筋群

  • 大腿四頭筋:踏み台に乗った脚の膝関節を伸展させ、体を引き上げる
  • 大臀筋:股関節を伸展させてから上段への体重移動を行う
  • 下腿三頭筋:蹴り上げ(プッシュオフ)で推進力を生み出す

降りで特に重要な筋群

  • 大腿四頭筋(遠心性収縮):膝関節の屈曲を制御しながらゆっくり降りる
  • 股関節外転筋(中殿筋):片脚支持時の骨盤の側方動揺を制御する
  • 体幹筋:前後・左右のバランスを保つ

必要なバランス能力

階段では片脚支持の時間が平地より長くなり、より高い立位バランスが求められます。

  • 動的バランス(片脚立位の保持)
  • 動的バランス(上下方向への重心移動中の制御)
  • 予測的姿勢制御(次のステップを見越した重心のコントロール)

必要な協調性

  • 下肢と上肢(手すり把持)の協調した動き
  • 左右下肢の交互運動(特に「1足一段」での昇降に必要)
  • 視覚情報を活用した足の置き場の確認

正常な階段昇降のバイオメカニクス

昇段動作(1段昇りの流れ)

  1. 荷重応答期:前足部を1段上に置き、体重を移す
  2. 立脚中期:踏み台側の膝・股関節が伸展し、体が引き上がる
  3. 立脚終期:後方の足(遊脚になる方)が蹴り出して前進を補助
  4. 遊脚期:後方の足が引き上がり、次のステップに備える

この過程で、踏み台側の膝関節には平地歩行の約2倍の伸展モーメント(膝を伸ばす力)が生じるとされています。

降段動作(1段降りの流れ)

  1. 遊脚期:先行する足(降りる方向に出す足)が段の下へ前方に出る
  2. 着地・荷重応答期:前方の足が1段下に接地し、体重を受け止める
  3. 立脚中期(制動期):後方の膝が屈曲しながら体を制御してゆっくり降りる(大腿四頭筋の遠心性収縮が重要)
  4. 立脚終期:後方の足が踏み台から離れる

昇りと降りの違い:なぜ降りの方が難しいのか

多くの片麻痺患者が「降りの方が怖い・難しい」と訴えます。その理由は以下のとおりです。

比較項目昇り降り
主な筋収縮様式求心性収縮遠心性収縮
視覚情報上の段が見えやすい下の段が見えにくい・見下ろす
転倒方向後ろに転倒しやすい前方・側方に転倒しやすい(重傷になりやすい)
制御の難しさ推進力を出すブレーキ(制動)をかける

遠心性収縮(筋が伸ばされながら力を発揮する収縮)は求心性収縮よりもコントロールが難しく、特に麻痺のある筋では機能が低下しています。また降りでは重力と逆方向に抵抗しながら動く必要があるため、筋への要求が高くなります。


片麻痺患者に多い問題点

昇段時の問題点

1. 麻痺側下肢でのプッシュオフ不足

麻痺側の足で地面を蹴って体を押し上げる力が弱いため、非麻痺側に過剰な負担がかかります。「非麻痺側先行」(非麻痺側の足を先に上げる方法)で代償することが多いですが、これが自立の妨げになることもあります。

2. 麻痺側膝の過伸展または膝折れ

麻痺側を踏み台に乗せて体重をかけたとき、膝が過伸展(反り返る)または膝折れのリスクがあります。大腿四頭筋の筋力不足と筋緊張の問題が影響します。

3. 股関節の引き上げ不足

麻痺側を遊脚にして次の段に上げるとき、股関節の屈曲が不十分でつま先が段に引っかかります。腸腰筋の筋力低下が主因です。

降段時の問題点

1. 麻痺側支持時の制動不足

麻痺側を後方に残して制動しながら降りる際、大腿四頭筋の遠心性収縮が不十分で膝折れが生じてしまいます。

2. 麻痺側へ体重移動できない

非麻痺側先行で降りる場合でも、麻痺側に一時的に全体重がかかる瞬間があります。このときの麻痺側支持が不安定だと、転倒リスクが高まります。

3. 恐怖・心理的回避

降段は転倒への恐怖から、心理的な回避行動(手すりにしがみつく、動作が止まる)が生じやすいです。身体機能が改善しても恐怖が残る場合は、段階的な暴露(慣れさせるアプローチ)が必要になります。

4. 半側空間無視の影響

麻痺側への注意が向きにくいため、麻痺側の段の縁を踏み外すリスクがあります。視覚的な手がかりを増やす環境設定が重要です。


動作観察のポイント

昇段時の観察チェックリスト

  • 麻痺側下肢を先行させられるか(または非麻痺側先行かどうか)
  • 麻痺側踏み台に体重移動したとき、膝が安定しているか
  • 麻痺側股関節の伸展は十分か(体が引き上がっているか)
  • 麻痺側つま先の引き上げは十分か(段の縁への引っかかりがないか)
  • 手すりへの依存度はどの程度か

降段時の観察チェックリスト

  • 麻痺側支持で降りようとしているか、非麻痺側支持に逃げていないか
  • 麻痺側膝の屈曲制御はできているか(急激に膝折れがないか)
  • 骨盤の側方動揺(Trendelenburg様の傾き)はあるか
  • 恐怖感・動作の躊躇・フリーズが見られないか
  • 降り方の戦略(麻痺側先行か非麻痺側先行か)

段階的訓練の進め方

前提条件の確認

階段訓練を開始する前に、以下が満たされているかを確認します。

  • 平地での監視歩行以上が可能
  • 片脚立位が3秒程度保持できる(介助・補助下で可)
  • 麻痺側への荷重に慣れている

ステップ1:段差昇降の基礎練習

低い段差(5〜10cm程度のステップ台)から開始します。

  • 昇段練習:麻痺側を踏み台に乗せて体重をかける練習(麻痺側荷重の促通)
  • 降段練習:麻痺側を残して非麻痺側から降りる制動練習
  • 段階的に段差の高さを上げていく(10cm→15cm→20cm→実際の階段高さへ)

ステップ2:手すり付き一段ずつの昇降(両側手すりが理想)

実際の階段を使い、一段ずつ確実に昇降します。

  • 昇段(非麻痺側先行が安全な場合):非麻痺側を1段上げ→麻痺側を同じ段に揃える、を繰り返す
  • 降段(麻痺側先行が安全な場合):麻痺側を1段下げ→非麻痺側を同じ段に降ろす、を繰り返す
  • PTは患者の後方(昇段時)または前方(降段時)に位置して転倒を防ぐ

ステップ3:麻痺側先行(または1足一段)への移行

動作が安定してきたら、より高度なパターンに挑戦します。

  • 昇段で麻痺側先行:麻痺側筋力の強化と動作の対称性向上を目指す
  • 1足一段での昇降:健常者と同様の交互パターンで昇降する
  • この段階では片手すりのみでの昇降も練習する

ステップ4:自立・見守り・監視の確認

  • 昇降の速度・安全性・疲労度を確認
  • 在宅環境の階段(段差の高さ・手すりの有無・幅)を事前確認して、退院前に模擬練習を行う

手すりの活用と生活への応用

手すりの効果

手すりは単に「掴まるもの」ではありません。適切に使うことで、以下の効果があります。

  • バランスの補助(転倒予防)
  • 上肢からの引き上げ・制動の補助(筋力補完)
  • 恐怖感の軽減(心理的安心感)

手すりの使い方の指導ポイント

  • 握る位置:体の少し前(進む方向に合わせて)
  • 力の入れ方:押すのではなく「引く」感覚が基本(昇りでは手すりを引いて体を上げる)
  • 麻痺側上肢の機能低下がある場合:非麻痺側だけで手すりを使う方法と、麻痺側上肢の保護・置き方を指導する

在宅復帰に向けた生活指導

  • 自宅の階段環境を事前にOTと連携してチェック
  • 段数・手すりの高さ・段差の高さ・踏み板の深さを確認
  • 必要に応じて手すりの設置や段差解消の住宅改修を勧める
  • 「転倒したらどうするか」の具体的な対処法も伝える(転倒時の起き上がり方、家族への連絡方法など)

ほーりーの臨床メモ

階段昇降は「段差が越えられるか」だけでなく、「どのように越えているか」を見るようにしています。安全に見えても、手すりへの過度な依存や非麻痺側への重心偏位が強い場合は、転倒リスクが残っているとも評価できます。

「麻痺側から昇る・非麻痺側から降りる」という原則はあるが、環境や患者さんの恐怖感によって変わることもあり教科書通りの方法をおしつけないようにしましょう。

退院後の自宅環境を事前に把握しておくことで、練習の目標が具体化します。「自宅の階段は何段か」「手すりはあるか」という情報が、訓練の方向性を決めます。患者さん・家族と一緒に自宅環境を確認する習慣が、退院後の安全につながると感じています。


まとめ

片麻痺の階段昇降は「降りの方が難しい」のが最大の特徴。本記事の要点を整理します。

  • 必要な能力:下肢筋力・バランス・体重移動・協調性の4要素
  • 「降りが難しい」理由:遠心性収縮・体重支持・視覚情報処理が同時に求められる
  • 観察のポイント:体幹の傾き・荷重時間・足の振り出し方を見る
  • 訓練の進め方:2足一段(交互昇降)→1足一段(健常パターン)へ段階的に
  • 手すりの活用:安全確保と訓練の橋渡し。生活期では環境調整も視野に

階段昇降は「歩行の応用」ではなく独立した動作。観察の解像度を上げて、段階的に成功体験を積み重ねていきましょう。

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よくある質問(FAQ)

Q1:階段昇降訓練はFACレベルがいくつから始められますか?

結論:FAC 3以上(監視下で平地歩行が可能)が目安です。

ただし、FAC 2でも手すり+介助での昇降訓練を開始する場合があります。患者さんの体幹安定性・恐怖心・自宅の階段環境を総合的に判断しましょう。

Q2:昇りと降り、どちらから訓練すべきですか?

結論:昇りから始めるのが基本です。

降りは遠心性収縮や体重支持が同時に求められ、難易度が高いため。昇りで動作パターンを学習してから、降りに進む流れが安全です。

Q3:自宅階段に手すりがない場合の対応は?

結論:訪問リハや住宅改修の検討を提案しましょう。

介護保険を活用した手すり設置は1割負担で利用できる場合があります。ケアマネ・社会福祉士と連携し、退院前カンファレンスで共有することが大切です。

Q4:1足1段(健常パターン)まで到達できない場合は?

結論:2足1段(交互昇降)で安全に自立すれば十分なゴールです。

無理に1足1段を目指すと転倒リスクが上がります。患者さんの生活背景に合わせた目標設定が大切です。

免責事項

本記事の内容は、筆者個人の経験・知識および参考文献に基づく情報提供を目的としており、個別の医療・リハビリテーションに関するアドバイスではありません。症状や治療方針については、必ず担当の医師・理学療法士などの専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いかねます。

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脳卒中認定理学療法士/臨床13年目/総合病院勤務(回復期・地域包括・緩和ケア病棟)で累計500例以上の脳卒中患者のリハビリを担当。院内では新人PT教育・勉強会講師を継続。日本神経理学療法学会所属。新人PT・若手PTと患者様・ご家族に「現場の知見」をわかりやすく発信しています。