なぜ片麻痺患者の立ち上がりは崩れるのか?3つの相で読み解く動作分析と臨床介入

はじめに
「患者さんの立ち上がりを見ているけれど、どこが問題でどう介入したらいいかわからない…」と感じたことはありませんか?
立ち上がり(sit-to-stand:STS)は、日常生活の中で最も頻繁に繰り返される基本動作のひとつです。しかし片麻痺患者では、この動作が大きく崩れることが多く、新人PTにとって「何を見て、どう介入するか」を整理するのは容易ではありません。
この記事では、正常な立ち上がり動作を3つの相に分けて解説し、片麻痺患者に生じる問題点を段階的に整理します。動作分析の視点と臨床介入のヒントをセットで確認することで、明日からの臨床に活かせる知識を身につけましょう。
なお、この記事は「なぜ崩れるのかを読み解く(動作分析)」に絞って解説します。実際の介助の手順・グリップ・段階的な進め方を知りたい方は、片麻痺の立ち上がり介助|手順・グリップ・段階別アプローチをあわせてご覧ください。分析で「どこが崩れているか」を掴み、介助記事で「どう手を当てるか」を選ぶ——この2本はセットで使えます。
正常な立ち上がり動作を「3つの相」で理解する
立ち上がり動作は複雑な全身運動ですが、Carr & Shepherd(2003)をはじめとする運動学習モデルの研究者らは、この動作を相(フェーズ)に分けて理解することの重要性を強調しています。臨床では以下の3相で整理すると観察・介入がしやすくなります。
第1相:前傾相(trunk-flexion phase)
正常な動作の特徴
椅子に座った状態から動作を開始し、体幹を前方に傾けながら重心(center of mass:COM)を前方へ移動させます。この相では、骨盤の前傾(anterior pelvic tilt)を伴いながら股関節を屈曲させることが重要です。
前傾により足底への荷重を増加させ、離殿(seat-off)に向けたCOMの前方移動量を確保します。Pai et al.(1994)は、STSにおけるCOM速度と位置の関係を分析し、前傾相での十分なCOM前方移動が成功した立ち上がりの鍵であることを示しました。
注目すべきポイント
- 骨盤が前傾しているか(丸まっていないか)
- 体幹と股関節がセットで前傾しているか
- 足底に荷重が移行しているか
第2相:離殿相(seat-off phase)
正常な動作の特徴
臀部が椅子から離れる瞬間(seat-off)とその直前・直後を指します。この相では、下肢(主に大腿四頭筋・大殿筋)の求心性収縮により垂直方向へ力を発揮し、COMを上方に押し上げます。
左右の下肢が均等に荷重を分担することで、安定した離殿が可能になります。Cheng et al.(1998)は、脳卒中患者の立ち上がりを力台を使って評価し、転倒リスクのある患者では力の立ち上がり率(rate of rise in force:dF/dT)が有意に低く、また前後・左右方向の圧力中心(center of pressure:COP)の動揺が大きいことを明らかにしました。
注目すべきポイント
- 麻痺側下肢に荷重できているか(非麻痺側への過荷重がないか)
- 離殿のタイミングが左右でズレていないか
- 体幹が折れ曲がっていないか
第3相:伸展相(extension phase)
正常な動作の特徴
離殿後、股関節・膝関節・足関節を伸展させながら直立位へ移行する相です。この相では、体幹の直立化と下肢の伸展が協調して行われ、立位でのバランス保持に移行します。
Carr & Shepherd(2003)のモーターラーニングアプローチでは、この相における「抗重力伸展パターンの獲得」が機能的立位に向けた重要な要素として強調されています。
注目すべきポイント
- 股関節・膝関節が十分に伸展しているか
- 体幹の直立化が達成されているか
- 立位でのバランス保持ができているか
片麻痺患者で生じる問題点
第1相の問題:骨盤前傾不足・体幹の丸まり
片麻痺患者では、体幹機能の低下(腹筋・背筋の筋緊張異常)により骨盤前傾が十分に行えず、体幹を「丸めたまま」前に倒してしまう代償パターンがよく見られます。これにより、COMの前方移動量が不足し、後続する離殿相に悪影響を及ぼします。
また、麻痺側の股関節屈筋群の弱化により、麻痺側での支持が不十分なまま非麻痺側だけで動作を進めようとすることがあります。Boukadida et al.(2015)のレビューによれば、脳卒中後の片麻痺患者は離殿前から非麻痺側へ重心を偏移させる「計画的な代償戦略」をとっていることが指摘されています。
第2相の問題:麻痺側荷重不足・非対称な離殿
離殿時に麻痺側下肢への荷重が極端に少なく、非麻痺側だけで立ち上がろうとするパターン(「麻痺側免荷」)が特徴的です。Cheng et al.(1998)が示したように、この荷重の非対称性はCOP動揺の増大と関連し、転倒リスクを高めます。
また、麻痺側の膝折れが怖くて体幹を後方に残したまま離殿するケースも多く見られます。このような場合、十分な推進力が得られず「よっこらしょ」と勢いをつけた代償的な離殿になることがあります。
第3相の問題:伸展戦略の破綻・非対称立位
離殿後、麻痺側股関節・膝関節の十分な伸展が得られず、膝屈曲位や体幹側屈のまま立位に移行することが多々あります。麻痺側の抗重力伸展筋群(大腿四頭筋・大殿筋)の弱化と、痙縮(けいしゅく:筋の過緊張状態)による協調運動の障害がその主な背景です。
Janssen et al.(2010)の縦断コホート研究では、脳卒中発症後の立ち上がり動作の回復軌跡が示されており、発症初期には特に離殿相と伸展相での機能低下が著しく、リハビリテーションの焦点とすべき時期があることが明らかにされています。
動作観察のポイント:新人PTが「何を見るか」
立ち上がりを観察する際、全体を漠然と見るのではなく、相ごとに「チェックポイント」を設けると整理しやすくなります。以下を参考にしてください。
観察チェックリスト
第1相(前傾相)
- 骨盤が前傾しているか、それとも後傾・骨盤固定のまま前屈みになっているか
- 体幹前傾と股関節屈曲が連動しているか
- 足底への荷重移行が起きているか(足底が床から浮いていないか)
第2相(離殿相)
- 麻痺側の足底に体重が乗っているか(目視・触診)
- 離殿のタイミングが左右で同時か、非麻痺側だけが先行していないか
- 体幹が折れ曲がったり、後方へ残ったりしていないか
第3相(伸展相)
- 麻痺側の股関節・膝関節が伸展しているか
- 体幹が直立しているか(麻痺側への傾きがないか)
- 立位で麻痺側に荷重できているか
臨床介入のヒント
前傾相への介入:骨盤前傾と体幹前傾の促通
- セラピストの手の当て方: 骨盤後部に手を当て、前傾を徒手的に促す。腰椎前弯を維持するよう指示を与える
- 言語指示の工夫: 「おへそを前に突き出すイメージで」「鼻を足先の方へ向けて」など、わかりやすい言葉かけを使う
- 環境設定: 椅子の高さを上げる(膝・股関節の角度を90度前後にする)、足部をわずかに後方に置くことでCOMの前方移動を助ける
離殿相への介入:麻痺側荷重の促通
- 荷重の感覚入力: 離殿前に麻痺側足底をセラピストが押さえ、接地感を高める
- 鏡や視覚フィードバックの活用: 自分の非対称を視覚的に認識させることで、意識的な修正を促す
- 段階的練習: まず「少し浮く→戻る」を繰り返す「ハーフスタンド」から練習を始め、徐々に完全な立ち上がりへ移行する
伸展相への介入:抗重力伸展の促通
- 麻痺側下肢への抵抗運動: 立ち上がり動作の中で、麻痺側膝関節伸展に対して適度な抵抗を加えることで伸展筋の活動を高める
- 反復練習: Carr & Shepherd(2003)のモーターラーニングアプローチでは、課題の繰り返し練習と文脈への転移が重視される。1回の練習で多くの反復を行うことが回復を促す
動作解析研究が示す「代償の正体」——7つの共通パターン
ここまでは、目で見てわかる範囲の話をしてきました。では三次元動作解析のような客観的な計測では、片麻痺の立ち上がりはどう記述されているのでしょうか。
脳卒中後の代償戦略を課題別に整理した101研究のスコーピングレビュー(Andrade ら, 2026)では、立ち上がり動作の代償として次の7つが繰り返し報告されています。
- 動作時間の延長——立ち上がり全体にかかる時間が長くなる
- 体幹前屈のピークに達するまでの時間が延長——第1相の前傾がゆっくりになる
- 開始時の股関節屈曲ROMの低下——スタート姿勢の時点で、前傾の準備ができていない
- 終盤の膝関節伸展ROMの増大——最後に膝で押し切って帳尻を合わせている
- 足関節の前後動揺の増大——足部での微調整が増える=安定していない証拠
- 終了時の股関節屈曲の残存——立ち切れず、股関節が曲がったまま終わる
- 荷重の左右非対称——非麻痺側への荷重偏位
注目したいのは、この7つがこの記事で解説した3相の問題点とほぼ一対一で対応していることです。③は第1相(前傾相)、⑦は第2相(離殿相)、④と⑥は第3相(伸展相)の破綻そのものを指しています。
つまり、目で見て「なんとなく崩れている」と感じたものには、計測で裏づけられた実体があるということです。自分の観察を言葉にするとき、この対応関係は根拠になります。
では、立ち上がり練習にはどれくらいの効果があるのか
「立ち上がり練習をひたすら反復して意味があるのか」という疑問を持つ方もいると思います。
脳卒中後の立ち上がり練習を検証した10件のランダム化比較試験(脳卒中後の成人384名)を統合したシステマティックレビュー・メタ解析(Josop ら, 2025)では、週3〜5回・4〜12週間、1回20〜30分・1日15〜100回といった設定で、次のような改善が報告されています。
- BBS(Berg Balance Scale):+0.72点(95%信頼区間 0.19〜1.26、p=0.008/5研究・140名)
- TUG:−0.92秒(95%信頼区間 −1.78〜−0.05、p=0.04/4研究・123名)
統計的には有意です。ただ効果量としては、決して大きくありません。BBSの+0.72点は、脳卒中で報告されているMDC(測定誤差を超える最小変化量)に届かない水準です。信頼区間の下限が0.19点であることも踏まえると、「ほとんど変わらなかった可能性」も否定できません。
そして、この数字を臨床に持ち込むうえで、正直にお伝えしておきたい限界が2つあります。
①研究間のばらつきが大きい
異質性の指標であるI²は、BBSで63%、TUGで80%でした。とくにTUGの80%はかなり高い値です。つまり「平均するとこうなる」という数字であって、個々の患者さんにそのまま当てはまるものではありません。
②病期が特定できない
組み入れられた研究の対象者は、発症から2週の時期の方から6ヶ月以上経過した方まで幅があり、各研究の病期分類は明確に整理されていません。「急性期ならこう」「回復期ならこう」と分けて読める段階にはない、というのが現状です。この記事で扱っている3相の視点は病期を問わず使えますが、効果量の数字のほうは、担当している患者さんの時期に直結させないほうが安全です。
そのうえで、ここから読み取るべきは「立ち上がり練習は無意味」ではなく、「回数を積むだけでは伸びしろが限られる」ということだと考えています。だからこそ、3相のどこが崩れているかを見極めて、そこに狙いを定める意味があります。同じ50回でも、崩れている相に働きかけた50回と、ただ数えた50回では、意味が違ってきます。
ほーりーの臨床メモ
立ち上がり分析で最初にやりがちな失敗は「全体を漠然と見てしまうこと」です。3相に分けて相ごとに何が起きているかを順に確認する習慣を持つと、見え方もかわってきます。
患者さんが「怖い」「苦手」と感じている相は必ずあります。離殿の瞬間に麻痺側膝が折れないか恐れている患者さんは、その直前から筋緊張が高まり、代償パターンが始まっていることがあります。観察の中で「どこで患者さんが不安になるか」を感じ取る力も大事にしたいですね。
椅子の高さは最も即効性のある環境調整のひとつだ。まず高い椅子から始め、成功体験を作ってから段階的に低くしていきます。「できた」という感覚の積み重ねが、動作の質を変えていくと思い大切にしています。
まとめ
立ち上がり動作は「3相」に分解すると見えてくる。本記事の要点を整理します。
- 前傾相:体幹を屈曲して重心を足部へ。骨盤前傾と股関節屈曲が鍵
- 離殿相:離殿の瞬間。股関節伸展と足関節背屈の協調が必要
- 伸展相:股関節・膝関節・体幹の伸展で起立完了
- 片麻痺の特徴:非麻痺側への過剰荷重・体幹前傾不足・膝の伸展タイミング遅延
- 観察と介入:「どの相で崩れるか」を見極めて、その相にピンポイントで介入
立ち上がりは「歩行の準備動作」であり、自立した生活の最大の門。3相で見ることで、観察の解像度が一気に上がります。
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よくある質問(FAQ)
Q1:立ち上がり訓練はBRSがいくつから始められますか?
結論:BRSステージⅢ以上で本格的に取り組めますが、それ以下でも介助下で始められます。
BRSⅡ以下でも、座位保持訓練と並行して「立ち上がり感覚」を体験してもらうことは可能です。麻痺側の荷重感覚や前傾の経験は、後の動作獲得の土台になります。
Q2:立ち上がりの「前傾」がうまくできない場合の介入は?
結論:座面の高さを上げて、まず「離殿の成功体験」を作ります。
座面が高いと前傾の角度が小さくて済み、離殿しやすくなります。成功体験を積み重ねてから、徐々に座面を下げていくアプローチが効果的です。
Q3:膝折れする患者さんへの対応は?
結論:膝折れは「離殿相での筋活動タイミング遅延」が原因のことが多いです。
大腿四頭筋の筋力強化に加えて、「離殿のタイミングで膝を伸ばす」感覚を反復学習することが重要です。介助時はセラピストが膝を支えながら、患者さんに「今だ」のタイミングを言語化して伝えると学習が進みます。
Q4:立ち上がりが自立しても歩行に繋がらない場合は?
結論:立位バランスと体重移動の練習を別途取り入れる必要があります。
立ち上がりは「上下の動き」、歩行は「前後の動き」と「体重移動」が必要です。立ち上がり自立後は、立位での前後左右の重心移動・片脚立位・ステップ練習などを段階的に追加していきましょう。
免責事項
本記事の内容は、筆者個人の経験・知識および参考文献に基づく情報提供を目的としており、個別の医療・リハビリテーションに関するアドバイスではありません。症状や治療方針については、必ず担当の医師・理学療法士などの専門家にご相談ください。本記事の情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、筆者は責任を負いかねます。
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